満月を焼き付けて
「……きっと、さっきわたしが ”今夜が満月” とか言っちゃったから、岸里さん、心配してくれたのね?」
部屋に入り、上着を脱いで荷物をまとめていると、前崎さんが穏やかに尋ねてきた。
「え?あ、いいえ、そういうわけでは……ないんですけど」
さらりと心を読まれてしまい、私は咄嗟に嘘を口走ってしまう。
けれど前崎さんにはそれすらも見抜かれてしまってるような気がした。
「本当言うとね、ちょっと一人は嫌だなと思っていたのよ。こんなお月様の大きな夜は、やっぱり息子のことを思い出してしまうから。それに最近は、岸里さんに夫との思い出を話していたせいか、夫がいないことが急に寂しくなってきちゃったりして……ダメね、暗くなっちゃ、病気の思うつぼだわ。笑ってると免疫力が高まるって言うものね、笑っていなくちゃ」
前崎さんは窓を眺めながら、有言実行、ふふふと笑った。
そして、
「見て見て、大きなお月様よねえ……。こんな月夜は、何か不思議な事が起こりそうじゃない?」
少女のように、楽しそうにはしゃいだ。
それが本心なのか空元気なのか、前崎さんとは違って私には前崎さんの心を見抜くことはできなかった。
けれどどちらにしても、前崎さんもじゅうぶんロマンチストの素質はあると思った。
東側の窓から見える夜空には、大きな丸い月が浮かんでいたが、それも、もうしばらくすると高くなって、前崎さんのベッドからは見えなくなってしまうだろう。
私は部屋の隅に置かれていいた車椅子をベッド脇まで移動させた。
「もしよかったら、窓の近くに行ってみますか?」
前崎さんは一瞬迷いを過らせたようにも見えたが、その後すぐに目をきゅっと細めた。
「そうね、そうするわ」
お節介かなとも思えたけれど、前崎さんの反応には陰りなど見当たらず、気をよくした私はすぐさま車椅子を操作して前崎さんの移動を手伝った。
支えた前崎さんの体は、数日前よりもさらに軽くなっているように感じてしまう。
そんなことでさえ私の胸を刺してくるけれど、それは、動揺していないフリをしなければならない類の痛みなのだ。
その華奢な肩を抱えるようにして前崎さんを車椅子に座らせながら、私は狼狽える気持ちを整えた。
「まあ!ベッドで見るよりも大きなお月様ね」
窓のそばに行くと、前崎さんは夜空を見上げて可愛らしい歓声をあげた。
それに誘われるようにして顔を上げると、さっきよりも高く昇った満月が、私達を見下ろしている。
今夜はスーパームーンだっただろうか?
ここまで大きな月は、なかなか出会えない気もする。
おそらく、次の満月を愛でることは難しいであろう前崎さん。
その輝いている目に、思う存分、満月を焼き付けてほしいと願うばかりだった。




