夜のはじまり
そのあと、夕食の配膳で院内の賑わいがおさまった頃を見計らって、私は前崎さんの部屋を訪問した。
前崎さんはベッドの上で起き上がっていて、私を大歓迎してくれた。
さっきは枕から頭が離れることはなかったけれど、どうやら体を起こせるほどには元気が出てきたようだ。
けれどそれは、もしかしたら、どうしても月を見たくて最後の力を振り絞って起き上がったのかもしれない。
そんな想像すると、その細い肩に掛かったカーディガンのシワさえも、弱々しく感じてしまう。
「あらあら、岸里さん、どうしたの?何か忘れ物?」
「前崎さん……、あの……」
意気込んでここまで来たものの、どうしたの?と正面から訊かれるとたじろいでしまう。
まさか、”前崎さんをひとりぼっちにしたくなくて” なんて真正直に答えられるはずもないのだから。
前崎さんからしたら、私はただの担当看護師でしかないのだ。
”ひとりぼっちにしたくない” なんて、お節介に感じられるかもしれない。
前崎さんがそんな風に悪く受け取るとは思えないけど、でも……
「今夜一晩、こちらにお邪魔してもよろしいでしょうか?」
それらしい理由や言い訳を考えてから扉をノックするべきだったと、後悔と反省を抱えつつ、私は馬鹿正直に伺いをたてた。
「一晩?」
案の定、前崎さんは驚いた声を返してきて、私の後悔と反省は濃さを増していく。
けれど、
「……ということは、岸里さんがここにお泊りしてくれるということかしら?」
意外そうに、前崎さんが首を傾げた。
そこに訝る調子や、理由を気にする様子はない。
私はここぞとばかりに、
「そうです!よろしいですか?あ、もちろん病院側の了承はもらってます。前崎さんさえよければ……ですが」
ずいっと前崎さんのもとに大股で歩み寄った。
病院側の了承と言うのは口から出まかせではない。実際に、しかるべき部署に許可は得ている。
特別室を出てすぐに病院側の窓口に申請すると、思いの外、すんなりとOKが出たのだ。
それが、前崎さんの余命のせいなのか否かまでは、私には分からないけれど。
前崎さんは、やや早口で訴えた私を包み込むように、あのホットミルクのような、柔らかい笑い顔を見せてくれた。
「もちろんよ。嬉しいわ」
突然の申し出に不審がる素振りもなくて、むしろそれを喜んでくれているように見えて、私はフゥ…と安堵の息をこぼしていた。




