決意
今日は夕方には仕事があがる予定だったけれど、なんだか、前崎さんと無性に離れ難くなっていた。
やはり看護師としてこんな風に思うのは、失格なのだろうか。
だが、実際に目の前で急変する前崎さんを見てしまった私は、それがいつまた起こるのかもしれない不安が大きくなっていて、とにかく、気がかりで仕方なかったのだ。
そうして、これはもうどうやっても心穏やかに家路につくことは不可能だなと思った私は、仕事の合間を縫って上司に直談判したのだった。
今夜一晩、前崎さんとの時間を持たせてもらえるように許可を求めると、上司はしばし思案を見せた。
一晩となると、これまでのように仕事あがりにちょっと立ち寄っておしゃべりを…という気安い程度をはるかに越えてしまう。上司が即答しかねるのも理解できた。
だがしばらくして、上司は、患者さんである前崎さんがそれを望んでいて、前崎さんのためにもなるであれば……と条件を告げたのだった。
前崎さんのためになること……
私が、できること……
仕事が終わったあと、更衣室で着替えながら、前崎さんのために今の私に何ができるのだろうかと、思いを巡らせていた。
ただ一緒にいるだけでも、もしかしたら前崎さんは喜んでくれるかもしれない。
だが、それが前崎さんのためだと主張できるほどの自信は、私には備わっていなかった。
けれども、前崎さんのためになる…つまり、前崎さんが、今望んでいるもの――――その視点から考えたときには、もうひとつしか思い浮かばなかった。
私はあくまで看護師で、患者さん一人一人のプライベートな事情に首を突っ込むべきではないのかもしれないけれど。
それでももう、私は、前崎さんのために出来ることは、何でもして差し上げたい気持ちだった。
例えそれが、私達のルールを破ることだったとしても。
『お願い……っ、もう、……ひとりは…嫌、なのっ……』
あんな切なすぎる訴えは、私が、もう聞きたくなかったから。
窓の外は徐々に日が暮れて、夜との境界線が訪れている。
今夜は満月だという。
前崎さんの記憶に張り付いて剥がれないあの夜のことを思い返して、また辛くはなったりしないだろうか。
次の満月を迎えられるかどうかという、命の期限の恐怖に襲われないだろうか。
そんな気がかりはさらに気がかりを生んでいき、私は、看護師としてあるべき冷静な感情を、自分の意思で手放したのだった。
気が付いたときには勢いよく更衣室を飛び出していた。
目指すは、上司が仕事をしているであろう、特別室。
上司が私の想いをどう受け取るのかは知ったことじゃない。
それが上司の意に沿わないことだったとしても、例え前例のないことだったとしても、私が今夜前崎さんの部屋で過ごすことは、もう私の中では決定事項なのだから。
一緒に満月を見上げるだけでもいい。
何を話さなくても、今夜は、前崎さんに一人きりでいてほしくない。
前崎さんの "その日" がいつ訪れるのかは知らされていないけれど、そんなことよりも、私はとにかく、前崎さんが今大切にしているたったひとつの願いを叶えてあげたかったのだ。
だから――――
「所長っ!」
ノックもせずに、特別室に飛び込んだのだった。




