知りたいこと
自分とそう歳の違わない患者さんの余命宣告は、私をただの看護師ではいられなくさせていたのだ。
けれど愛らしくもマイペースな前崎さんは、ふと、もう一度カレンダーに視線を流すと、「あら、今夜は満月なのねえ」と呟いた。
つられて、私もカレンダーに目をやる。
「ああ、そうみたいですね」
何の気なく応じると、前崎さんからは「あの夜も満月だったのよね……」という、懐かしむ声が返ってくる。
それがいつの夜を指しているのかは、容易く想像ついた。
息子さんと別れた夜のことを言ってるのだろう。
その夜は、輪郭がぼやけたように見える、大きくて丸い月だったと、前崎さんは話してくれた。
それがやけに不吉に見えたのだと、その印象を子細に語ってくれたのを、私ははっきりと覚えている。
「では、満月は、あまりお好きではないのですか?」
大切な息子さんとの別れを思い出させるものなど、好んでいるはずもないだろう。
そう思ったのだが……
「あら、大好きよ?」
「え?そうなんですか?」
「だってわたし達と息子の、数少ない思い出のひとつなんだもの」
フフ、と息で微笑み、前崎さんは掛布団を顎辺りにまでグッと引き上げ、天井を見つめるように顔を戻した。
「ああ…懐かしいわねえ。あの満月の夜は、わたし以外の人はみんなロマンチストだったのよね。夫も、アヤセさんも。あのときは夫も元気で……懐かしいわ」
「前崎さん……」
「あら、だめね。しんみりしちゃったわ。だめだめ。ちゃんと笑っていなくちゃ、息子が会いに来てくれたときに心配させちゃうものね」
つとめて明るく、自らに発破かける前崎さんは、一昨日の苦しそうな様子からは別人のようだった。
だがそれでも、数週間前に比べると、線が細くなっているという表現も大袈裟ではない。
一日、また一日と、着実にその期限が迫ってきているのは見て取れてしまうのだ。
私は息苦しさを感じはじめ、前崎さんにが楽しいと思える話題をひたすらに探した。
「じゃあ……、息子さんに会ったら、何を話したいですか?」
「え?息子に会ったら?そうねえ……」
前崎さんはにぱっと相好が弾けて、布団の中で考えだした。
非常に楽しげだ。
「まずは、ロマンチストになってるかの確認でしょう?だって、夫は息子がロマンチストになってたと断言してたんだもの。わたしだって詳しく知りたいわ。それから、左利きかどうかも訊きたいわね。最後の夜の看護師さんも、この子は左利きになりそうだって言ってたし……。あとは、あの子がどんな風に育ってきたのかを教えてほしいかしら。親代わりの人はどんな人だったのか、どんなことを勉強したのか、恋人がいるのかどうかも訊いておかなくちゃ。あ、もしかしたら会いに来てくれる息子は、もう結婚したりしてるのかしらね?だったら、そのあたりのことも色々聞いておきたい。でも一番最初は、やっぱり……名前、かしら?」




