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その理由について(3)





「アヤセさんとの約束……って、でも、だったら前崎さんは?前崎さんは、そのとき息子さんには直接会えなかったんですよね?」


「そうなのよ。残念ながら」


「息子さんはご主人に会って、すぐに帰ってしまったということですか?」


「たぶんそうじゃないかしら」


「どうしてですか?そのアヤセさんとの約束では、前崎さんも大きくなった息子さんと会えるはずですよね?」


「そうなんだけど、もし、”夫の死期が近付いてること” が、息子が会いに来てくれた理由だったとしたら、その時はまだぴんぴんしてたわたしには、会う必要なかったんじゃないかしら。……わたしと夫の推測でしかないけれど」


「それじゃ、前崎さんは、その時は息子さんのこと探したりしなかったんですか?」


「探さなかったわ。というより、探せなかったの。大人になった息子がどんな外見をしてるのか分からなかったから」


「でもご主人は息子さんだと分かったんですよね?」


「夫も、一目見ただけでは気付けなかったみたいなの。だってわたし達は生まれて数日しか息子と過ごせなかったんですもの。夫は息子からヒントを告げられて、ピンときたみたいだけど」


「それなら、ご主人に息子さんの外見を聞いてから探せば……」


「それもダメだったの。その日は、夫の看病でバタバタしちゃってたから」


「そんな……、でも、息子さんがどんな大人になってたか、気になったでしょうに」


「なかなかの男前に育ってたらしいわよ?」


「ご主人は、息子さんとはどんな話を?」


「さあ……?夫が話してくれたのは、息子が会いに来てくれた、夫に似てロマンチストになってた、夫の病気を知っていた…それくらいかしら」


「前崎さんはご主人に詳しく尋ねなかったんですか?」


「もちろん訊いたわよ。でも、『そのうち千代にも会いに来てくれるよ』と言うばかりで、とうとうそれ以上のことは教えてくれなかったの。だってその次の日に、夫は息を引き取ったから……」



興味津々だった私も、さすがに質問攻めの手が止まってしまった。

……そうだった。未来から来たという息子さんは、ご主人の死期を把握していたと、前崎さんは言ってたじゃない。

つまり、その日から遠くない先に、ご主人の死が待っていたわけで。


ここで私がショックを受けたところで、前崎さんを困らせてしまうだけだ。

そう分かっているのに、顔色が落ちるのは避けられなかった。



「あらあら、そんな顔しないで?岸里さんはすごく優しい看護師さんなのね」


前崎さんからは、からかいでも皮肉でもない、ただの優しい言葉が放られる。

私はそれを上手にキャッチして、前崎さんに投げ返したかった―――けれど、



「う……っ」


見向いた先、ベッドの上で、前崎さんが自分の胸倉を掴んで苦しみだしたのだ。


「前崎さん?前崎さん、胸が苦しいんですか?今先生呼びますね」


私は素早く前崎さんの様子をナースコールで伝え、医師を求めた。

余命宣告を受けてるとはいえ、こんな急変は異常だ。

焦る気持ちが先に出ないよう、私は自分を落ち着かせるためにも前崎さんに話しかけ続けた。

すると、前崎さんが苦しみながらも、私の腕を弱々しく握ってきたのだ。



「お願……、もし、不し…者、出て…も、息子、…も、…ない、から、この部屋……けは、……入れ、あげ、て……ほしい、の………」



お願い、もし不審者が出ても、息子かもしれないから、この部屋にだけは入れてあげてほしいの――――



要するに、あの長い長い思い出話は、すべてこの願いのためだったのだ。

その懸命な訴えに、私は何度も何度も頷いた。



「わかりました。わかりましたから。ちゃんと、そのようにしますから。だから安心してください。前崎さんはご自分の体のことだけを考えていてください」


「お願い……っ、もう、……ひと…は…嫌、なのっ……」



お願い、もう、ひとりは嫌なの――――



そう吐露しながら苦しむ前崎さんの姿は、看護師人生の中でも経験したことがないほどに辛くて、

何とかして救いたい、少しでも楽にしてあげたいという、職業上以上の感情が、確かに私を支配していた。



やがて医師と看護師が駆けつけたものの、私の心の中には、前崎さんからお願いされた()のこと、そして、前崎さんが吐き出した最後の本心が、大きく焼き付いていたのだった。










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