その理由について(2)
「息子をアヤセさんに託してから数年して、夫が病に倒れた話は知ってるかしら?」
「え?あ……そうですね。伺ってます」
唐突なご主人の再登場に、ほんのわずかな空白を叩いたが、私は素直に認めた。
前崎さんがご主人に先立たれたというのは初対面よりも先に前任から聞かされていたから。
それ以来、再婚することもなくお一人でいらしたと。
私の首肯に、前崎さんは「そう……」と、唇をキュッと結び、何とも表しがたい反応を見せた。
けれどそれは一瞬のことで、すぐに唇の端には穏やかさが加わった。
「夫も、今のわたしのように余命宣告を受けていたのね。それで、わたしは毎日病室に通ったわ。子育てしてたらこんなにしっかり看病することも難しかったかもしれないわね、なんて言いながら、二人の時間をたくさん過ごしたの。完全看護だったから、滅多なことでは泊まり込むことはできなかったけれど、夫の体調によってはそれも許可してくださって、とにかく、一進一退する容態にしがみついていく毎日だったわ。あるとき、夫の体調がすこぶる良い朝があったの。あまりに機嫌がいいものだから、自宅から通ってきたわたしはその理由を訊いたの。そうしたら、夫は、『昨夜、あの子が来てくれたんだ』って、すごく嬉しそうにしてた。あの子が誰のことを言ってるのか分からなかったわたしは、すぐにはピンとこなかったんだけど、夫が、『俺に似て、ロマンチストになってたよ』と言うものだから、それはもうびっくりしちゃって……。あの子って、わたし達の息子のことだったのよ」
前崎さんは、とても感情豊かに当時のことを聞かせてくれた。
これまでのどの思い出話よりも気持ちが入っているようにも聞こえて、
私も、これまでで一番というくらいに、前のめりに聞いていた。
「……息子さんが、未来から会いに来た、ということですか?」
私の念押しにも、前崎さんはどこか心躍るような様子で答えてくる。
「そうみたいね。といっても、わたし自身は直接会えたわけでもなかったし、夫の話を信じる限りでは…なんだけれど。嘘みたいな話よね?その時のわたしだって、夫の話に合わせる一方では、半分は信じてなかったくらいなんだから。夫は病気で弱ってるのは間違いなかったし、気が参ってて、自分に都合のいい夢でも見たんじゃないかと思ったのも事実よ。でもね、その日、看護師さんが見回ってきて、『昨夜不審者がいたみたいなので、貴重品の点検をお願いします』と注意を促されたの。長いこと入院していてそんなことははじめてだったわ。それから、病院の不審者という単語に既視感もあった。だから……もしかしたら本当に息子が会いに来てくれたのかもしれない…と考えを改めたの。でも、それなら息子は、どうして夫には顔を見せてわたしには会ってくれなかったのかってがっかりしたんだけど…これは夫の話である程度は解決できたわ。夫の話では、どうやら息子は夫の死期を察していたみたいだから。だから、夫がこの世を去る前に、アヤセさんがわたし達夫婦と交わした ”大きくなった息子に一度だけ会わせてくれる” という約束を叶えてくれたのかもしれない……と、わたし達夫婦はそう思ったの」




