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その理由について(1)





にっこり破顔する前崎さんの言葉の裏には、”死ぬ前に出会えてよかった” というニュアンスが潜んでいるような気がしてならない。

ヒリリと、心臓の縁に痛みが走った。



「そうですか……。でもどうしてそんな大切な話を聞かせてくださったんですか?私がロマンチックな方だということだけですか?それとも、何かそれ以外にも理由が?」


胸の痛みが膨らみ上がるよりも前に、私は話題の方を拡げた。

前崎さんは「そうねえ…」と、私の出した船に気軽に乗り込んでくれたのだった。


「まずひとつは、懺悔かしら」


「懺悔って、悔い改めるとういう意味のアレですか?」


「そうよ?だって、何の落ち度もない病院関係者に多大な迷惑をかけてしまったことになるのだから」


前崎さんはいつもの笑顔を完全に消し去って、まるで遠い記憶に跪くように、己の視線を下に向けた。

それは、申し訳ないという想いをさらに上回っているようにも見える様子だった。

だがきっと、そこに後悔の念はないのだろう。

だってそうしていなければ、彼女の子供は助からなかったのだから。



「わたしが…わたし達夫婦が、息子の件で迷惑をかけたすべての人に申し訳ないと思っていることを、誰かに聞いてもらいたかったのね。当然、それで許されるとは思ってないのだけど、自分の命の有効期限が迫ってきてると知って、話したくなったのよ。その謝罪が、当時迷惑かけた人達に直接届くことはないと分かっていても、何もせずにはいられなかったの」


あなたを巻き込んでごめんなさいね。


最後にそう付け加えたとき、前崎さんはどこかのんびりと私を視界に入れた。



「巻き込んだなんて……。大丈夫です、そんなこと全然思ってませんから、気にしないでください」


それはあくまでも前崎さん発信の思い出話でしかなかったけれど、なかなか興味深い内容ではあったから。

別に巻き込まれたなんて微塵も感じていないのは本心だ。



「でも、ひとつ目ということは、まだ他にも理由があるんですか?」


なかなか冷めない私の興味は、前崎さんが許す限りの事を聞き出そうと稼働する。

そして前崎さんはそれをよしとした。


「そうなの。実は、こちらの方が本題と言ってもいいくらいなんだけどね」


「へえ…それは何なんです?」


本題と聞いて、興味の上昇はスピードをあげていく。

その理由について、前崎さんはまだ何かを隠し持っていたというのだろうか。


けれどそれは隠し持っていた割には勿体ぶられることもなく、いとも簡単に打ち明けられたのだった。




「岸里さんにこの話をしたのは、息子がわたしに会いに来た時、必ずここに連れて来てほしかったからなの」



「は……い?」



まったく想像もしていなかった要求に、私は空気の抜けたようなとぼけた返事になってしまった。


息子さんを、連れて来る……?その意味はまったくもって理解不能だ。

まさか前崎さんは、私にも時間を行ったり来たりする能力があるとでも思ってるのだろうか?

狼狽えが滲み出てくる私に、前崎さんはクスリと息をこぼした。



「だからね、もし、わたしが眠っていたり、部屋を空けてるときに息子が来たのを見かけたら、帰らないように応対してあげてほしいのよ」



だからね、の先に続いた詳細を聞いても、ちっとも納得には近付けない。



「あの、前崎さん……?言ってることが、ちょっと……」



病人に対して不遜な態度は見せたくないが、”何言ってるの?” 程度の呆れ口調になるのは止められなかった。

けれど前崎さんの温度は少しも変わらなかったのだ。












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