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『午前0時のノック』





月がいつの間にか高く昇っていた。

その時が来るのを知りたくなくて、わたしはわざと時計は見ないようにしていた。

でも、着実に時間は進んでいて。



約束の0時、暗く静まり返った部屋にどこからか生ぬるい風が入ってきたかと思えば、トストストスと、囁くようなノックがあった。

けれどそれは、わたし達家族には、運命の時を告げる大きな鐘の音に等しかった。



『こんばんは』


アヤセさんは小声で挨拶しながら部屋に入ってきた。


『いつもより人の気配が多くあり、少々難儀いたしました』


ここは産科病棟で、他のエリアに比べたら、この時間でも起きてる人は多いだろう。

それよりも、いつもより(・・・・・)と言ったアヤセさんに、いったいいつからこの計画が練られていたのかと驚いた。



『それで……、結論は出ましたか?』


厳かに、答えを求められる。


わたしと彬くんは、無言で、二人共に頷いてみせた。



『そうですか……。ありがとうございます』


アヤセさんは恭しく頭を下げる。

そんなに深く礼を表するほどに、わたし達の息子はアヤセさん達の研究に重要な存在なのだろう。



『本当に……、本当に、あの子はちゃんと育ててくださるんですよね?病気の治療も、育てるのも、責任を持ってちゃんとしてくれるんですよね?死ぬまで、一生』


『もちろんです。命をかけて守ります。お二人の代わりにはなれませんが、しかるべき環境で、適任だと判断された優秀な人物が全身全霊で育てさせていただきます』


何度も同じことを確認するわたしにも、アヤセさんは丁寧に丁寧に答えてくれる。

それでも、彼を信じようと決めたのに、いざとなったら躊躇せずにはいられなかった。



『……あなたを疑ってるように聞こえたらすみません。でも、わたし達にはそれを確かめる術もありませんから、どうしても訊いてしまうんです……』


『無理もないですよ。大切な一人息子のことなんですから』


アヤセさんは同情の意を示したかと思えば、



『でしたら、大人になった息子さんを、一度だけ、お二人に引き合わせすることをお約束しましょう』



思いもよらない提案を投げてきたのだった。



『そんなことが可能なんですか?』

『あの子が、わたし達のもとに戻って来られるんですか?』


思わずわたし達は同時に問い詰めてしまった。

だがアヤセさんは、すぐに心底申し訳なさそうな顔をした。



『失礼しました。言い方が悪かったですね。戻ってくる、というのは少し違いまして。そうですね……面会、の方がしっくりくるかもしれません。すでにお話しましたように、私達が住むずっと先の未来では、時空の往復についての研究が進んでいます。そして実は、時間を行き来できる力を持たない者を過去に送り込む研究も始まっているのです。これは、力を持つ者が一緒に移動するよりも遥かに安全だということが最近明らかになってきました。それならば、あなた方の息子さんも治療後に過去に送り戻せばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、それには、”成人していること” という絶対条件がありますので、やはり治療後もそのまま未来に留まる必要があるのです。それに、もし大人になった息子さんが過去に戻れる機会があっても、今度は逆に、そのまま過去に滞在し続けるのはタブーとされています。今回、息子さんがこの時代の住人から未来の世界の住人になることは、あくまでも特別なケースなのです。なので、今日を境に未来の世界の人となる息子さんは、あなた方に会いに来ることは可能でも、そのままあなた方の元にい続けることはできないのです。お分かりいただけましたか?』



頭の中が複雑に絡まってしまいそうだけど、つまりは、わたし達の子供は、もう、わたし達と住む世界が違うということだ。



それは前以て聞かされていたはずなのに、苦しさは途切れることなく波のように押し寄せてくる。



それでも、また、いつか会えるのかもしれない……その期待が、今のわたしを大いに慰めてくれるようだった。









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