『答え合わせ』
『そんな、もう…ですか?』
アヤセさんに再確認する彬くんは、愕然としていた。
もう……という言葉が指すのは、わたし達の息子との別れが訪れる時間のことだろう。
『そうですね……。今すぐに命がどうこうなるというわけではありませんが、一日でも早く治療を開始されることが望ましいかと存じます』
もちろん、それは未来の世界において、である。
アヤセさんの言う通りならば、息子の病気は今の世界では治療できないのだから。
『そう、ですか……』
口数少なに答えた彬くんに対し、わたしは心をしゃんと立てて、アヤセさんに返事した。
『わかりました。今日一日で答え合わせをして、今夜、わたし達夫婦の決断をお伝えいたします』
もう気持ちの大部分では、アヤセさんの予言が全問正解なのだろうとは悟っていた。
わたし以上にアヤセさんのことを信頼してる彬くんは、きっと尚更のことだろう。
だったら、わたし達夫婦にとって、家族にとって、最も大事なのは、アヤセさんの答え合わせをしながらも、残された貴重な時間をどう過ごすのかに尽きるだろう。
そうして、こちらの意図を汲んでくれたアヤセさんは、『では、今宵、また伺います』と告げると、静かに退室したのだった。
それから部屋は夫婦水入らずになったわけだが、それでも、二人で相談らしい相談に展開することはなかった。
もうわたし達二人の中で結論は出ているように思えたせいもある。
だけど一番の理由は……
『すぐにあの子を迎えに行こう』
彬くんのそのひと言がすべてだった。
悩んだり悔んだりしてる時間がもったいない。
あの子と過ごせる時間は有限になってしまったのかもしれないから。
わたしは頷くと、ナースコールで、予定より早いけど赤ちゃんを迎えに行ってもいいかを尋ねた。
すると看護師からは、今オムツ替えをしてるので、終わり次第連れて行くと返ってきた。
そしてしばらくして看護師が部屋にやって来ると、アヤセさんの予言通りの会話が繰り広げられたのである。
『私、左利きに憧れがあったんですよね。息子さんが本当に左利きになったら、ちょっと羨ましいです』
それは、何も知らなければ、ただの和やかな雑談でしかなかった。
けれどわたし達夫婦の間では、彼女のセリフはさながら最初の決定打となり、息子との別れが濃厚に傾いていく。
そこから目撃した出来事の一部始終は、まるでアヤセさんが書いたシナリオを辿ってるようだった。
泣きじゃくる女の子、困った様子の父親、その父親に肩車をしてもらって機嫌をなおす女の子の笑い声……
心の隅では、おそらくアヤセさんの言った通りになるんだろうなと諦めめいたものがあったのに、その予言が的中するたびに、わたし達には一縷の望みさえも持つことは許されないのだと、頭を殴られるような衝撃の連続だった。
だから、最後の最後、ダメ押しの一撃を食らったときには、逆に、二人して冷静でいられたのかもしれない。
『……実は、息子さんに少々気になることがありまして……』
神妙な面持ちで知らせてくる医師に、
『心臓ですか?』
彬くんは的確に問いかけた。
その傍らで、わたしは、息子を抱き上げる。
一秒でも長く、一ミリでも多く、彼に愛情を注ぎ込みたかったから。
今夜を限りに、もう二度と会えなくなる、大切な大切な息子に………




