表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/81

『こんにちは。』





彬くんから聞いた話を、わたしなりに反芻しては自分の頭に落とし込み、そうやって、アヤセさんと約束した時刻を待っていた。

二人が約束していたのは夜だったが、その前に、わたしの質問にわざわざ答えに来てくれるそうだ。

それを受けて、わたし達は落ち着いて話せるように、息子を一時間ほど看護師に預けることにした。

やがて、昼食を終え、面会時間を迎えて数分後、かすかに扉をノックする音があった。


いよいよその時だと、わたしは異様なまでの緊張感で身を硬直させた。


スーッと、引き戸が開かれる。

運命の扉にしては、やけに軽い気もした。




『こんにちは。アヤセと申します。前崎 千代さんでいらっしゃいますね?』




現れたのは、三十代にも四十代にも見える、すらりと伸びた長身の男だった。

体のサイズにきちんと合ったスーツを着込んでいて、上等な男性、といった風貌の。

声はすこし低めで、わたしの好きそうなタイプの声だ。

品があって、人当たりの良さそうな表情を見せていて……きっと、きちんとしたご両親に育てられたのだろうなと想像がつく。

そんな感想がよぎると、これから我が子を手放さねばならない自分の立場が、なおも惨めに思えた。

……けれど、決心したのだ。息子を守ると。



『はじめまして。前崎千代です。夫から、色々とお話はうかがっております』


ベッドの上から緊迫色混じる挨拶をする。

個室に備えられてるソファに移動して待つつもりだったわたしを、彬くんは断固として許さなかったので、仕方なく枕を背もたれ代わりにしている体勢だ。


『ベッドの上からで失礼いたします』


『いえいえ、出産されたばかりなんですから、どうぞそのままで。本来なら体を休めるべき時期に、病室にまでお邪魔してしまい、こちらこそ申し訳ございません』


礼儀正しい態度は、アヤセさんの印象をさらに向上させる。



『早速ですが、彬文さんよりご質問のあった、”近い未来に起こる出来事” についてお答えいたしますが、よろしいでしょうか?』


前触れもなく本題に入ろうとするアヤセさんは、表向きにそんな雰囲気はないものの、そこはかとない性急(・・)も感じられた。

当然、わたしの返事は決まっている。


『お願いいたします』




『わかりました。それでは、まず一つ目です。このあと、そうですね…おおよそ一時間後でしょうか、廊下で小さな女の子が転んで大泣きするでしょう。生まれたばかりの妹に会いに来ていたその少女は、なかなか泣き止みませんが、父親の肩車で落ち着くはずです。それから二つ目。看護師が息子さんを連れてこの部屋に戻った際、息子さんがやけに左手ばかりを動かすので、ひょっとしたら左利きになるんじゃないかという話になります。看護師には、左利きで羨ましいといった旨の発言があります。三つ目は……おそらく本日、医師から何らかの宣告があるかと思われます。そして明日以降、詳細な検査の予定となるはずです』



『宣告……、検査……』



ある程度は覚悟していたはずなのに、いざ現実に近付いてこられると、やはり怯んでしまう。

そしてそれは彬くんも同じだったようだった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ