『こんにちは。』
彬くんから聞いた話を、わたしなりに反芻しては自分の頭に落とし込み、そうやって、アヤセさんと約束した時刻を待っていた。
二人が約束していたのは夜だったが、その前に、わたしの質問にわざわざ答えに来てくれるそうだ。
それを受けて、わたし達は落ち着いて話せるように、息子を一時間ほど看護師に預けることにした。
やがて、昼食を終え、面会時間を迎えて数分後、かすかに扉をノックする音があった。
いよいよその時だと、わたしは異様なまでの緊張感で身を硬直させた。
スーッと、引き戸が開かれる。
運命の扉にしては、やけに軽い気もした。
『こんにちは。アヤセと申します。前崎 千代さんでいらっしゃいますね?』
現れたのは、三十代にも四十代にも見える、すらりと伸びた長身の男だった。
体のサイズにきちんと合ったスーツを着込んでいて、上等な男性、といった風貌の。
声はすこし低めで、わたしの好きそうなタイプの声だ。
品があって、人当たりの良さそうな表情を見せていて……きっと、きちんとしたご両親に育てられたのだろうなと想像がつく。
そんな感想がよぎると、これから我が子を手放さねばならない自分の立場が、なおも惨めに思えた。
……けれど、決心したのだ。息子を守ると。
『はじめまして。前崎千代です。夫から、色々とお話はうかがっております』
ベッドの上から緊迫色混じる挨拶をする。
個室に備えられてるソファに移動して待つつもりだったわたしを、彬くんは断固として許さなかったので、仕方なく枕を背もたれ代わりにしている体勢だ。
『ベッドの上からで失礼いたします』
『いえいえ、出産されたばかりなんですから、どうぞそのままで。本来なら体を休めるべき時期に、病室にまでお邪魔してしまい、こちらこそ申し訳ございません』
礼儀正しい態度は、アヤセさんの印象をさらに向上させる。
『早速ですが、彬文さんよりご質問のあった、”近い未来に起こる出来事” についてお答えいたしますが、よろしいでしょうか?』
前触れもなく本題に入ろうとするアヤセさんは、表向きにそんな雰囲気はないものの、そこはかとない性急も感じられた。
当然、わたしの返事は決まっている。
『お願いいたします』
『わかりました。それでは、まず一つ目です。このあと、そうですね…おおよそ一時間後でしょうか、廊下で小さな女の子が転んで大泣きするでしょう。生まれたばかりの妹に会いに来ていたその少女は、なかなか泣き止みませんが、父親の肩車で落ち着くはずです。それから二つ目。看護師が息子さんを連れてこの部屋に戻った際、息子さんがやけに左手ばかりを動かすので、ひょっとしたら左利きになるんじゃないかという話になります。看護師には、左利きで羨ましいといった旨の発言があります。三つ目は……おそらく本日、医師から何らかの宣告があるかと思われます。そして明日以降、詳細な検査の予定となるはずです』
『宣告……、検査……』
ある程度は覚悟していたはずなのに、いざ現実に近付いてこられると、やはり怯んでしまう。
そしてそれは彬くんも同じだったようだった。




