『テスト』
『本来なら、時間の行き来は本人以外には許されてないそうだ。これはずっと先の未来、時間を行き来できる力を持つ人に対して定められた規則らしい。俺達の知らない未来の世界では、秘密裏にその研究が行われていて、専門の機関もあるんだ。でも無闇やたらに歴史を変えないようにいくつもの決まりごとがあるそうだ。この力を持つ人間が現れはじめたのは、ちょうど俺達が生きてる今の年代らしくて、アヤセさんやその同僚達は、研究目的でこの時代に通ったり、駐在してるということだった。そして、俺はその研究に不可欠な人物で、俺の子供もまた貴重な研究対象になると認定されたらしい。その貴重な人材をみすみす失うのは惜しい……そういう結論になった。だから、特例中の特例として、生命維持の目的で過去の時代から未来に連れ帰ることが許されたそうだ』
彬くんが聞いたというアヤセさんの説明には、大きな隙を見つけることはできなかった。
それが真実か嘘なのかはともかく、細かな部分でも辻褄は合っていたいたのだから。
『でも……でも、未来に連れて行ったこの子の病気を治したら、また今の時代に戻してくれるのよね?』
縋る思いで問いただす。
彬くんは ”手放す” と言ったけれど、そんなの、病気を治療してもらってる間だけ ”一時的に預ける” の間違いだろう。
なのに、わたしの期待は即座に打ち砕かれてしまう。
『それは難しいと思う』
『どうして?だって未来に連れて行くことができるなら、過去に戻すことだって可能でしょ?彬くんだって、いつも必ず元の時代に戻って来てるじゃない』
『それはそうなんだけど……。俺もはじめて知ったんだけど、自分以外の人間を一緒に時間移動させるのは、相当大変なんだそうだ。実験で行ったときは、力を持ってる側にかなりの負担がかかって、命を左右することになってしまったらしい。それで、以降は禁止されることになったんだ。だから、この子を未来に連れて行く人も、大きな代償を払うことになってくる。命懸けと言っても言い過ぎじゃないらしい。そういう事情で、特別に許可がおりたのは、今の時代から俺達の息子を治療可能な未来へ連れて行くことだけなんだ。もちろん未来に連れて行ったあとは、治療も含めてすべての生活を、然るべき人物、もしくはきちんとした機関によって保証してくれるそうだ。それを俺達が目で見て確かめることは不可能だけど……。そこは、信じるしかない。でも俺個人の感想では、アヤセさんは、信頼の置ける人だと思う』
誰かの命を助けるために別の誰かが犠牲になるなんて、本当はあってはならないことなのだ。
だからもしすべてが事実ならば、彬くんがそう言いたくなるのも共感できる。
でも、そんな綺麗ごとで判断できるはずない。
だって彬くんの話に従うなら、わたし達は、この子と……もう二度と会えなくなってしまう。
そんなの……
でもだからといって、このままだと、この子は病気で……
万が一、もし、もしも実際にその病気が見つかって、治療法がないと告げられたなら、わたしは迷うことはないだろう。
この子が助かるなら、何だってする。
例え非現実的な手段だろうと、SFだろうとファンタジーだろうと、可能性があるならそれにかけたい。
それだけは、間違いなく言えるのだ。
………もし、それが、永遠の別れを招くことになったとしても。
『……わかった』
そう呟いたわたしに、彬くんはハッと息を詰める気配がした。
『いいのか……?』
恐る恐るわたしの様子を窺う彬くん。
『それしかこの子を助ける方法がないのなら、仕方ないと思うから。むしろ、この子の命を救ってくれるアヤセさんに感謝したいくらい。……でも、今すぐには決断できない。せめて、現実にこの子の病気でも見つからない限りは、この子を手放すなんてできっこない』
これは、わたしの最大限の譲歩である。
彬くんの不思議な力については、わたしも身に覚えがあるので疑う余地はない。
けれど、直接会ったことも見たこともないアヤセという人物の言うことには、絶対の信頼は置けないのだ。
そこでわたしは、彬くん経由で、そのアヤセさんとやらにいくつかの質問をすることを思いついた。
つまりは、テストだ。
我が子の命を託す人物が、本当に正しいことを言ってるのか、その情報の精度を確かめるために。
『未来にならないと分かり得ないような何かを、いくつか教えておいてほしいの。占いとか予言みたいな感じで。それが当たっているのを見届けてから、この子を預けるか考えるわ』
『……わかった。千代が納得できるように、アヤセさんにちゃんと訊いておく。明日の夜も会う約束をしてるから、そのときにアヤセさんに直に会って回答を聞いたらいい。その方が千代も安心できるだろう?』
明日……
彬くんを介してしか存在を知り得なかったアヤセさんに、わたしも会うことになるなんて。
それも、急に、こんなかたちで。
狼狽えてしまう内心を、わたしは懸命に隠しながら、
『そうね、そうするわ』
子供のため、たったひとつの守りたいもののために、そう返事したのだった。




