『”二年後”の真実』
『……そういうわけで、結婚式に叔父は呼ばなかったんだ』
彬くんの、多少の違和感があったあの言動には、ちゃんと筋が通っていたわけだ。
もちろん、そうと知らないわたしには疑問でしかなかったけれど。
『じゃあ……、じゃあ、指輪は?』
これまでの引っ掛かりがことごとくクリアになっていくので、わたしは、ずっと気になっていたことを投げかけてみた。
手首にほくろのある男の人が登場してるのだから、あのハットの人も、おそらく彬くんだったのだろうと予感はしていたけれど。
『……あまり言いたくはなかったんだけど……実は、プロポーズすると決めてた日に、肝心の指輪をどこかで失くしてしまったんだ。家を出るときには確かにあったはずなのに、店で気付いたときにはなくなってて…』
『そんなことだろうと思ったわ』
ほとんど無意識のうちに、そんな感想が口を突いて出ていた。
『え、あ…そりゃそうか、あのときの俺は相当焦ってたから、俺のことをよく知ってる千代ならなんとなくは想像つくよな』
彬くんは観念したようにため息で返した。
『じゃあ、あのハットの男の人は、未来から指輪を届けに来てくれた彬くんなのね?』
もうそれ以外は考えられないけれど。
ハットを被っていて顔はよく見えなかったけれど、手首にはその証が印されていたのだから。
『その通りだよ。二年後の未来から、わざわざ指輪を届けに来てくれたんだ。俺自身がね。あのとき、手首にほくろのある男から渡されたという指輪に ”二年後” というメッセージが添えられてるのを読んで、俺はすべてを察した。要するに、二年後の俺が指輪を再購入して過去に戻ってプロポーズ最中の俺に届ける……というシナリオが俺の中で出来上がったんだ。だから俺は、それからの二年間、千代や母さんには内緒でこそこそアルバイトをして指輪代を稼いだ。誰にも気付かれないように細心の注意を払って』
『バイトなんかしてたの?』
これは想像の範囲外だった。
どうにかして再購入の費用を工面したのだろうなとは思っていたが、まさかそれが隠れてバイトだなんて。
『そんなの、最初から話してくれてたらよかったのに。別に指輪がなくたって結婚はできるし、例え再購入するにしても、事情を知ってたら、二人で一緒に頑張ってお金貯められたのに』
『千代ならそう言ってくれるとは思ってた。でも、これは俺の問題っていうか……男の意地、だったのかもしれないけど』
『意地って……』
『いや、ロマンチストな俺が、指輪なしのプロポーズを許さなかったのかもしれないな』
いつもわたしが彬くんに対して使う ”ロマンチスト” を、自ら引用した彬くん。
こんなときなのに、わたしの夫がなんだか愛らしく感じた。
男とか女とか、今のご時世性別で括るのはよくないのかもしれないけれど、彬くんの中には、男ならこうありたい、という理想みたいなものがあったのだろう。
特にプロポーズなんて人生に幾度もない舞台では、その理想は確固たるものだったのかもしれない。
でもそれをつき通すために二年間も密かにアルバイトを続けるだなんて、ある意味、すごい根性とも言える。
そして、やはりロマンチストだ。
あまり自分でそうと認めがらない彬くんは、きっと、その事実を隠しておきたかったんだろう。
けれど今、わたしの信頼を獲得するために事情を打ち明ける過程において、説明せざるを得なかった。
だから彬くんは、包み隠さず話してくれた。
それならば、わたしも秘密を明かすべきではないのだろうか。
『いや、千代は呆れるかもしれないけど、俺は真剣だったんだ。そりゃ、二人で一緒に貯めた方が早いのは分かりきってたけど…』
『ごめん、彬くん』
彬くんのセリフを遮って、わたしが彬くんに隠してたことを打ち明ける。
『え?』
『わたし、プロポーズされた時に違和感があって、それで、……悪いと思ったんだけど、あの指輪を調べちゃったの』
『え?調べたって、どうやって?』
目を点にした彬くんは、本気で気付いてなかったようだ。
ここは、自分にも隠し事の才能があったことを喜ぶべきだろうか。
『……実は、お店に直接指輪を持って行って、彬くんを担当したスタッフの人に、何でもいいからこの指輪に関することを教えてほしいってお願いしたの。もちろん、最初は断られたよ?お客様の情報は教えられませんって。でも、あまりにしつこくお願いしたからか、ちょっとだけ話を聞くことができて、そのとき、わたしが持ってた指輪がおかしいことが分かった。指輪に彫られたシリアルナンバーが、二年後くらいじゃないとまわってこない数字だったのよ』
『あ……』
彬くんの顔には、”そこまで考えつかなかった” と大きくありありと書かれていた。
『二年後…リングケースの中に入ってたメモに書かれてたのも ”二年後”。この奇妙な一致は偶然なんかじゃない気がして、妙な胸騒ぎがしたわたしは、却ってそれ以降は調べることができなかった。でも、まさかあのハットの男の人が二年後から来た彬くんだとは思ってもいなかったけど』
『そっか……、シリアルナンバーか……盲点だったな。……でもそれなら何で俺にはそのことを訊いてこなかったんだ?』
『それは、たぶん……怖かったんだと思う。高校で出会ってから、何度か手首にほくろのある男の人と出会ってきて、そのたびに彬くんに違和感を覚えてたから、もしかしたら、彬くんには大きな秘密があるのかもしれないって思ったの。訊きたい気持ちもあったけど、もしその秘密を知ってしまったら、彬くんと一緒にいられなくなるんじゃないか、そうなったら、今度こそわたしは本当に一人ぼっちになってしまうんじゃないかって、それがとにかくものすごく不安だった。だから、気にはなってたけど、最後まで追究したりはできなかった』
数年越しの告白に、わたしは自分の内に停滞していたものが解消されたような感覚だった。




