『十年前』
わたしは、彬くんの告白を理解するのに時間が必要だった。
わたしと彬くんは同級生。
あのとき、わたしは小学校入学前の子供だった。
そのわたしの前に現れたのが、高校生の彬くん………
――――いや、そんなわけない。
『やだ、彬くん何言ってるの?そんなわけないでしょ!』
口を突いて出ていたのは、大きな笑い声だった。
『わたしが子供のときに高校生の彬くんがいるわけないじゃない!………もしかして彬くん、話を逸らそうとしてる?この子の病気の話はどこに行ったのよ?』
言ってる途中で笑いは怒りの方向に曲がっていった。
それでも、彬くんの主張は曲がらない。
『信じられないかもしれないけど、事実なんだ。でも、千代が信じられないのはよく分かる。俺だって最初は何が何だか分からないことだらけだったんだから』
彬くんは自分の論述を強めるわけではなく、なんなら、わたしに対する同情みたいなものまで漂わせてくるのだ。
『だったら、』
『高校生の俺が十年前に戻って千代を助けたんだ』
だったらちゃんと分かるように説明をと、強く求めるわたしの先回りをするように、彬くんは一思いに告げた。
その口ぶりには、彬くんなりの思い切りみたいな感情が見えて。
だからこれは、彬くんにもそれ相応の勢いを要した吐露だったのだろう。
それでも……だ。
『…………十年前に、戻って?』
わたしは、今回は反射的な声はあげなかった。
これまでで最も大きな衝撃は、一周まわってわたしを冷静にさせたのだ。
けれど、内心は無尽蔵の疑問符だらけで、そのくせ、手先足先の爪からはひゅうっと血の気が吸われていくかのような、冷えていく感覚が起こっていた。
否定する一方、心のどこかでは、彬くんの告白の重大性に慄いているのかもしれない。
彬くんは何も発せず、一度だけ、ゆっくりと頷いた。
その間も、じっとわたしを見つめることは止めなかった。
『千代から ”手首にほくろのある男” の話を聞いた俺は、ずっと思ってた。もし、その千代を助けた男が俺だったら、千代に骨折させたりなんかしないでちゃんと守りきったのに……って。結局骨折させたのなら、その男は千代を守れてないじゃないかって、苛立ちも感じたりしていたんだ。叔父……実際には叔父じゃなくてアヤセさんっていう男の人だったんだけど、そのアヤセさんからの連絡を待ってる間も、ずっと、俺なら千代に怪我なんかさせなかっただろうにって、悔しい気持ちにもなってた。アヤセさんから手がかりなしの返事をもらって、その報告を千代にしたとき、千代は口では気にしないでと言ってても、やっぱり残念そうで、そんな顔見たらよりいっそう、俺だったら千代にこんな顔させたりしないのにって腹が立った。そうしたら―――――気付いたら、知らない場所に立ってたんだ』




