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『真剣な眼差し』





『何から説明したらいいのか正解が分からなくて、俺自身も戸惑いがあるんだけど……まず、最初に知らせておくと、俺には叔父なんかいなかった』


『え?』


構えていた方向と違う角度から刺し込まれて、反射的に声をあげてしまった。

けれど彬くんの話の邪魔をしないように、唇をキュッと締め直した。

とにかく、彬くんの話を最後まで聞こう。

彬くんは、困ったように苦笑いを浮かべていた。



『……いなかったんだ、叔父なんて、最初から。じゃあ俺は騙されてたのかと言えば、それも違う。ただ、俺が勘違いしてただけだ。そして向こうは、あえて俺の勘違いを正さなかった。その方が都合がよかったからだ。……俺を、監視する為に』


”監視” という物騒な単語の登場に、心臓がヒリリと振動した。

気を抜いていたなら、おそらくまた訊き返していたことだろう。

でもわたしは、相槌は胸の中で済ませて、彼の話の先を待った。



『でも、”監視” というのも、俺の誤解だった。実際は、俺のことをずっと見守ってくれていたんだ……あの叔父さん(・・・・)は。でも、その誤解が解けたのは、ついさっきのことだ。さっき、久しぶりに叔父さんと会って、話をした。この子のことを……』


そう言った彬くんの視線は、自然とベビーベッドに移る。

彼がまとう空気は、我が子に向けた愛情でしかない。

それだけが、救いだった。



『この子の、何について話をしたの?』


促すと、またわたしに顔を戻した彬くん。

その目を、躊躇いがちに一度逸らし、伏せ、息を吐き出す。

緊張感が、ひしひしと伝わってくるようだった。




『………この後、そう遠くない未来に、この子に心臓の病気が見つかる』


『は?!』


今日一番の大声が出てしまった。

そして今度は唇を締め直したりはしなかった。


『心臓……って、どうしてそんなことが分かるの?もしかして先生から何か言われたの?』


声を荒げて詰め寄りたいところだが、それはグッと鎮めた。赤ちゃんはまだ夢の中なのだ。



『彬くん?心臓の病気って何なの?詳しく説明してよ!』


『それは………俺も、どんな病気までかは知らされてないんだ。ただ……命にかかわる病気だということしか分からない』


『命って……何それ、いったいどういうことなのよ!』


今度は、感情がこらえきれなかった。

すると、わたしの声に赤ちゃんが起きてしまい、アー、アッ、アッ!と声にならない声で不快感を訴えてきたのである。


『あ……ごめん、ごめんね』


わたしはするりとベッドからベビーベッドに駆け寄る。

そして彬くんよりも先に赤ちゃんを抱き上げた。


『ごめんね。パパがおかしなことを言うのよ?あなたが病気だなんて、そんなこと……』


あやしながら彬くんに対する苛立ちをどうにか宥めようとした。

けれど赤ちゃんにはそんなことどうでもいいことで、わたしの腕の中、眠たそうにあくびを繰り返すと、やがて目を閉じていく。

穏やかに夢に戻っていった赤ちゃんにホッと胸を撫で下ろしたわたしは、



『変なこと言わないで、彬くん』


ぴしゃりと非難しながら、彬くんには背を向けて、赤ちゃんをベッドに寝かせた。



部屋の中に、ひたひたと静寂が忍んでくる。

それは決して心地良いものではなくて。

苦しく、重たく、じっとりとした暗い闇夜のようだった。



『千代には、不可解に聞こえるかもしれない。でも……事実なんだ』


『まだ言うの?だったら、ちゃんと説明してよ』


『もちろん、そのつもりだ。でも、まずは………ちょっと、昔話をしようか』


『は?昔話?』


何言ってるの?

そう責め立てるつもりが、振り返って彬くんに向き合った途端、言葉が萎んでしまった。

否応なしに目に映ったその面差しは、やはりどう見ても冗談を言えるようなものではなく、真剣過ぎるほどに真剣そのものだったのだから。



『とにかく、座ってくれないか?』


彬くんはわたしをベッドに促す。


『ごめん。俺も、どう言ったら千代に理解してもらえるのか分からなくて、説明する順番を間違えたのかもしれない。でも一からちゃんと説明するから、だから千代もちゃんと聞いてほしい』


布団をめくり、枕を整え、わたしの居場所を作る彬くんに、わたしの中の乱れた波も、おさまることはないにしても、その押し寄せる間隔はわずかばかりに広がったような気がした。



『……わかった』



わたしの了承と、彬くんのスゥ…と息を吸う音が、張り詰めた空気の中でぴったりと重なったのだった。











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