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『二年後』





注文者、注文日、そしてわたしの薬指にある指輪本体。

手がかりは、それだけだった。


訪れた店舗では、はじめは、いくらわたしが指輪を贈られた本人だろうと注文者の情報を明かすことはできないと、担当してくれたスタッフにはきっぱり断られてしまった。

当然の返答だ。

だが、わたしも、すんなり引き下がることはできないのだ。何しろ、これからの結婚生活にも影響が出くるかもしれない事案なのだから。


わたしはとにかく頼み込んだ。

どうしても気になることがある。

絶対に注文者である彼には話さないから、どんな些細なことでも構わないので、注文時の様子、もしくは指輪に関することを教えてほしい……


何度も何度も頭を下げ、それは懇願と言ってもいいほどに、頼み続けた。

すると、同年代に見える女性スタッフが、とうとう折れてくれたのだった。

といっても、(あき)くんがこの店に来てこの指輪をオーダーしたのは間違いのない事実で、その他の情報など出てくるのかどうかは微妙だった。

けれど幸運の偶然で、この女性スタッフが彬くんの応対に当たっていたらしく、その時のこともよく覚えていたようだ。


プロポーズに使おうと思ってること

派手ではなくシンプルで、日常使いにも適しているもの

流行りのデザインよりもベーシックなもの

死ぬまで身に付けても飽きのこないもの……

彬くんはそんな条件を告げたらしい。

さすがに長い付き合いだけあって、わたしの好みをよく把握している。

わたしは胸をくすぐられる感じがして、照れ隠しのつもりか、右手で指輪をしきりに触っていた。



『それから、シリアルナンバーがお相手のお誕生日と一緒で、とても喜んでらした記憶があります』


スタッフからそう教えられたわたしは、即座に薬指から外して内側を覗き見た。

確かに四桁の数字が刻印されている。

……だが、それはわたしの誕生日とは似ても似つかないものだった。


『あの……、ちょっと、違うみたいなんですけど………』


『違いましたか?』


そんなはずはないと言わんばかりのスタッフに、わたしは『ほら…』と指輪を見せる。


『………2、1……本当ですね。でもおかしいですね、ちょうど一昨日お受け取りに来られた別のお客様のナンバーは1100番台だったはずなんですけど……』


訝しむ声が、わたしに突き刺さってくる。


『それは、どういう意味になるのでしょう?……考えたくはないけど、もしやこの指輪は、イミテーション…』


『それはないと思います』


降って湧いた疑惑に狼狽えていると、スタッフは吹いて飛ばすようにそれを払った。


『お客様にはお分かりになりにくいかと存じますが、弊社では台座部分に特殊な加工を施しておりまして、こちらのリングにはちゃんとそれが確認できます。ですので、間違いなく、こちらは弊社でお買い求めいただいたものでございます』


自信満々に断言されると、お墨付きをいただいた安堵と同時に、それならなぜ番号が違うのかと、大きな不思議を呼び寄せた。


『……ひょっとしたら、刻印を担当した者が誤った数字を刻んだのかもしれません。大変申し訳ございません。もしご希望でしたら、本来の番号を刻印したものとお取替えいたしますが……』


現実的に考えられる範囲の可能性を口にしたスタッフは、本当に申し訳なさそうに提案してくれたが、取替えを依頼した場合、少なくとも数日はわたしの手から指輪が姿を消すことになるだろう。

そうなると、彬くんにも指輪の不在を知られてしまう。

そんなことになれば、わたしが指輪に対して疑惑を抱いていたこともばれてしまう。


『…いえ、それには及びません。ほら、こうして指にはめてたらシリアルナンバーも見えないし、気になりませんから。大丈夫です』


わたしがこの店に来たこと、指輪について調べていることは、彬くんに知られたくなかった。

だって、彬くんに不信感を持ってるように思われたら心外だ。

わたしは不信感を持ってるわけではない、ただ不安なだけなのだ。


それでも申し訳ないと眉を下げるスタッフに、それならばと、冗談風にあるお願いをしてみた。


『それじゃあ、この指輪のナンバーは欠番にしていただけますか?それなら、この世に同じシリアルナンバーの指輪は存在することもなくなりますし』


あくまでも冗談っぽく言ったのだが、スタッフからは『もちろんです』と返ってくる。


『そうですね……今のペースでいくと、だいたい二年後にはそのナンバーに辿り着くと思われますので、その際は、そちらのナンバーを飛ばすように全店舗にきつく申し付けておきますので、ご安心くださいませ』


親切丁寧に説明してくれたのだが、わたしの中では、たったひとつの点だけに意識の照準を合わせてしまう。



『……二年後(・・・)?』


『はい。おそらくその辺りになるかと存じます』


その、聞き覚えのある時間の単位に、わたしは絶句してしまった。


だから、その後のスタッフとの会話は見事に記憶には残っていない。



代わりにわたしが記憶に張り付けたのは――――二年後。



二年後に、いったい、何があるのだろうか。



けれどそれは、わたしには確かめようのない事なのだと、どこかで達観している自分もいたのだった………










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