『プロポーズの後に』
『千代、返事は……?』
熱くなる感動のせいで言葉をなくしてしまったわたしに、彬くんが優しく催促してくる。
強請るような、恋人同士にしか許されない温度のそれに、わたしは、こくん、と一度頷いた。
『お願い、します……』
感極まっている途中では、そう答えるのが精いっぱいだった。
それでも、彬くんに大輪の笑顔を咲かせるには充分だったらしい。
彼はこの上なく、世界中の幸せを束ねたように破顔して、リングケースから指輪を抜き出し、わたしの薬指にスッと差し入れた。
彬くんの言った通り、それはまるでわたしの薬指に吸い付くようにピッタリで、ダイヤの大きさも、派手なものを好まないわたしにはちょうどいい。
キラキラと輝く小さな石は、わたし達のこれからの未来を照らしてくれるかのようにクリアに煌めいている。
綺麗で、上品で、それでいて可愛い、誓いの証だ。
わたしは自分の手に舞い降りたキラキラした ”約束” に、今まで生きてきた中で最高の歓喜を踊らせていた。
『ありがとう……、ありがとう、彬くん』
彬くんを倣ったわけではないけれど、自然と、二度繰り返していた。
気持ちが昂ると、言葉を二つ重ねてしまうものなのだろうか。
それとも、わたし達どちらかの癖が、長く一緒にいるうちにもう一方へ伝染ってしまったのだろうか。
もし後者なら、嬉しいかもしれない。
そうやって、少しずつ、似た者夫婦になっていく予感しかないのだから。
やがて、あふれる感情がわたしの瞳を潤ませてくると、彬くんはサッと手を離して、まるでそうなるのを知っていたかのように自然に、ハンカチを差し出してきた。
用意周到だなと、心の中でクスリと笑うわたし。
だが、化粧が崩れないようにハンカチを目尻に宛てながら逸れた視線の先で、さっきまでリングケースが収まっていた小箱の底に、何かがあるのを見つけてしまった。
何だろう?と考えるよりも早く、その何かを摘まみ上げると、それは二つ折りにされた小さな白い紙だった。メモやノートを破ったような、規則的ではない形状の紙だ。
わたしがその二つ折りを開いたのは、ほぼ条件反射的だった。
決して、それが重要な何かであろうなんて想像していたわけではないのだ。
実際、開いた紙に記されていたメッセージを見たとて、わたしにはその意味などさっぱり理解できなかったのだから。
けれど、彬くんは違った。
わたしがそこに書かれていた文字を声に出して読み上げると、彬くんは、ヒュッと呼吸をシャットダウンさせてしまったように、石像のごとく表情を硬直させたのだ。
『……彬くん?もしかして、ここに書いてある意味が分かるの?』
彬くんの異変を問うと、硬直を溶かすことなく、彼は『いや……』と短く否定する。
否定しながらも、わたしから紙を取り上げてしまった。
その様子で知らぬ存ぜぬを通すのは、ちょっと無理がある。
でもそうと突っ込めないほどに、彬くんは、真剣に…もしかしたらさっきのプロポーズのときよりも鋭い双眸で、じっと、そのメッセージを見つめていたのだ。
わたしは、一度は収束していた胸のざわつきの再襲を感じていた。
小さな紙片にあった文字は、黒いペンの手書きで、その筆跡は、これといって特徴のないものだった。
というより、筆跡をどうこう言えるほどの文字数ではなかった。
そこに記されていたメッセージは、たったひとこと――――――”二年後” だった。




