『イレギュラーな登場人物』
『千代、大丈夫?』
テーブルに戻るや否や、彬くんがわたしの異変をさらに気にかけてくる。
さっきまでとは真逆の立場だ。
わたしは、握りしめたままだった小箱を一旦膝に乗せ、そっと様子をうかがった。
彬くんはわたしをじっと見るばかりで、さっき席を立ったときと変わりもないし、何かアクションを起こす雰囲気は皆無だ。
わたしは無性に胸騒ぎを覚えながらも、コトン…と、テーブルの上に置いた。
わたしの鼓動を速めさせたのは、その小箱の上面に表記された文字だった。
なぜならそれは、わたしが密かに部屋で見つけてしまった、例の指輪のオーダーシートにも記載されていたのだから。
つまり、この小箱は、彬くんがわたしのためにオーダーした指輪と同じブランドのものなのだ。
しかも、ちょうどリングケースが入ってると予想できそうなサイズである。
もちろん、ただの偶然の一致かもしれない。
出来過ぎた、ただの偶然。
それは否定できないけれど、ただ、これはもう、わたしには解明が不可能だった。
唯一の手がかりは、目の前の彬くん。
彬くんがレストルームに不自然な形で消えて、あの男の人がわたしにこの小箱を渡して立ち去った。
それが何を意味するのか、または意味を成さないのか、それすら掴めないけれど。
だが彬くんは小箱に気付くと、二度、大きく目を見開いた。
そんな彬くんの反応に接し、わたしは、この小箱の登場、ひいてはさっきのあの男の人も、彬くんにとってもイレギュラーだったのだと悟った。
彬くんが、サプライズで計画したものではないのだと。
『これ、どうして………』
彬くんは視線が凍り付いてしまったように、小箱を凝視したままわたしに訊いた。
いや、訊いたというよりも、どうしてこれがここにあるんだと、愕然とした気持ちがこぼれ出ただけなのかもしれない。
そのどちらかを測りきれなかったわたしは、包み隠さない事実を差し出すことにした。
『さっき、彬くんがいない時に、知らない男の人がテーブルに置いていったの』
『知らない男?』
『そう。さっきわたしが追いかけてた人』
『あのハット被ってた人?』
間髪入れずに問う彬くんも、やはりあの男の人のことが多少気になっていたようだ。
わたしは『そうなんだけど……』と頷く一方で、ほくろについては話すべきか躊躇が芽生えてしまった。
だって、彬くんの態度からは、どんどん落ち着きがなくなっているから。
彬くん以外の手首にほくろのある男の人と遭遇するのはこれで三度目で、そのどれもが、記憶にこびり付くような強烈なシチュエーションだ。
それは今日もまた然りで。
二度あることは三度…とも言うが、さすがに三度も重なるとただの偶然で片付けてもいいものか迷ってしまう。
わたしでさえそう感じるのだから、”手首のほくろ” という共通点を持つ彬くんなら、もっと奇妙に思うかもしれない……
そんな危惧が、わたしの口数を奪ったのである。
ところが、恐る恐るといった手つきで小箱を開いた彬くんは、
『………もしかして、その男の人の手首にも、ほくろがあった?』
自らそう確かめてきたのだった。




