『手がかり』
二人して落ち着いてきた頃に、わたしは状況説明を受けた。
それによると、どうやらわたしは、あの時車道から引き戻され、そのまま意識を失い、たまたま居合わせた男の人が救急に連絡し、今に至るらしい。
その男の人は救急車が到着した後、わたしが急に倒れたとしか救急隊員には伝えなかったようだ。
おそらく、事を大袈裟にしないようにと気遣ってくれたのだろう。
その後男の人は、急ぐからと、名乗ることさえせずにその場を立ち去ったそうだ。
わたしはその人の配慮に甘えることにし、ナースコールで駆け付けた医師には本当のことは告げなかった。
『お礼するにも、名前も分からないんじゃ無理か……』
医師の診察も終わり、帰宅しても問題ないというので、彬くんのお母さんが迎えに来てくれるのをロビーで待っている間、ふいに、彬くんが困ったように呟いた。
わたしは何のことを言ってるのか即座に理解し、『そうだね……』と同意したものの、すぐさま、ハッと思い出した。
意識が途切れる直前に、この目で見たものを。
『……そう言えば、その男の人にもあったの』
『なにが?』
『ほくろ。手首に、ほくろがあったの』
『え………』
よほど吃驚したのか、彬くんは表情を一瞬で凍らせてしまった。
まるで、宇宙人やドッペルゲンガーでも目撃したかのような、驚愕に慄いている相好だ。
でも無理もない。わたしだって、今思い出したばかりだけど、相当驚いているのだから。
だって、一度ならず二度も、同じ場所にほくろのある人物に命を助けられたわけだ。
しかも、二度とも、その命の恩人にはろくにお礼を伝えられず、探す手立てもない状況で。
ほとんど唯一の手がかりは、そのほくろ。
ここまで似通っているパターンなんて、ものすごい偶然だろう。
だいたい、わたしの知る限り、手首にあるほくろだなんて、この命の恩人である彼らの他には、彬くんしかいないのだ。
そして、そうと承知している彬くんは、驚きのあまりに顔色も蒼白くなっていて。
けれどそれは、おそらく、わたしへの心配も要因のひとつだろうと思った。
だからわたしは、少しでも彬くんに安心してもらいたい一心で、
『ひょっとして、あの時の人と今日の人、同じ人だったりしてね……』
などと、あり得ない話を冗談っぽく口にしてみたのだった。
ところが、
”そんなわけないだろ”
てっきりそう返ってくるだろうと予想した彬くんの返事は、数秒経っても聞こえてはこなかった。
その代わりに、しばらくしてから、静かな問いかけが投げられたのだ。
『………その人の顔は見てないのか?』
『え?顔?ええと………ぼんやりとしか、見てなかった、かな。見えてたのかもしれないけど、記憶にないというか……あの時はちゃんとした思考回路じゃなかったし、そもそも、あの人の顔ははっきり見えなかったような………あ!そうだ、あの人……』
しんと静まり返った夜の病院ロビーは常夜灯さえ届かない暗い一角があって、ぼんやりと記憶を辿りながら辺りに視線を巡らせていたわたしは、その暗い一点を見た瞬間、急に思い出せたのだ。
『なにか思い出した?』
『うん。あの男の人ね、黒いフードを被っていたのよ。パーカのフードを』
そうだ。間違いない。
父と母に会いたい一心で心ここにあらずだったわたしは、それを阻止されて、呆然としていた。
だからその時にわたしが見たもの、感じたことはクリアには残っていないけれど、おぼろげな記憶の光景の中に、確かに映りこんでいた。
黒いパーカのフードを深く被った人物が――――――
『黒いパーカ………』
ぼそりと、自分に染み込ませるように繰り返した彬くん。
『うん、そうなの。でもそれじゃ何の手がかりにもならないよね。黒いパーカなんて、彬くんも今日着てるし、誰だって一着は持ってるだろうし』
『―――っ?!』
何気なく言ったわたしのセリフに、彬くんはさっきよりもさらに大きく肩を震わせた。




