神界 〜更生計画〜
「………………」
「………………」
「本当にこの子はこれで正常なんじゃな?」
「はい……恐らくこれが、京君本来の姿なのでしょう」
「う……うむ」
「絶獣の森付近の水精霊に調査させましたが、順調にスキルも獲得して成長している様ですね」
「そ、そうか……」
そう言ってずり落ちた老眼鏡を元に戻した。
「精神が壊れず生きていたのは大変喜ばしい事ですが、早急に更生させる事を推奨します!」
バン! と水神が真っ赤になった顔で執務机を叩く。
「う……しかし下界への介入は極力避けよと言明しておるし……」
「私は将来この様な男と同僚になるのはごめんです!」
そう言って歪んだ空間を指差した。
そこから見えるのは、尻を振りながらスキップし、太鼓を叩いている女性用下着を着けた男の姿であった。
奇跡的な間の悪さである。
「創造神様はこの様な変態が我が社に入社しても良いと仰るのですね?」
「それはじゃなぁ……」
「この間の神円会議で京君の心が生きていた事に大喜びしていたではありませんか」
「うっ……」
「そのあと、ゆくゆくはアンシャネスの神の一柱とする、と決定されたのは貴方ですよ?」
「あ、あの時は嬉しくてつい……な?」
「……な? じゃないですよ!ちゃんと責任取ってください!」
「幸いにも彼は今一人です、干渉しても周りへの影響は少ないと思われます」
「しかしどうするんじゃ? 強制的に精神でも弄るのか? 人格が変わる様な事はしとうないわい……」
あれやこれやと話し合ったが良い解決方法が見つからない。そして二人ともしばらく沈黙する。
すると後ろから品のない笑い声が聞こえてきた。
「ぎゃはははは! なにこの珍妙な生き物!」
そこには歪んだ空間を覗き込み腹を抱えながら大笑いする人物がいた。
まだあどけなさが残る整った顔立ちにちょこんと飛び出た犬耳、肩口まで伸びる白銀の髪をツインテールに纏め上げた少女が転げ回っていた。
「むっ? 獣神か?」
「どうして入ってきたのですか!?」
「はぁ~おもしろ……どーしてって、じーちゃんが呼んだんじゃん! 新商品のペットフードの意見聞かせてくれってさ」
「おぉ、そーじゃったそーじゃった! ワシが作った『わんにゃんDXフード』の意見が聞きたかったんじゃ。どれ、取ってこよう」
「今はそれどころではありません!」
嬉しそうに腰を上げかけた創造神の肩を抑え、水神が再び椅子に座らせる。
「むぅ、そーじゃな…」
「何をそんなに悩んでるのさ、その面白い人間の話? こないだ会議で神にするぅ! って言ってた」
「ん? そーじゃ、ちと変わったやつでな、どう更生させようか話し合っておったのじゃ」
「ふーん、面白いからそのままでもいいのに」
「こんな存在が我が社をウロウロする様になったら堪りません! 貴方も笑ってないで何かアイデアを出しなさい!」
「水神は硬いなぁ、そんなんじゃシワが増えるよー」
ニヤリと白い犬歯を覗かせながら獣神が呟く。
「何ですって! 貴方はいつもいつもいい加減で」
「まぁまぁ、落ち着け水神、獣神や、お主もなにか思いつかんか?」
「んー……何でこの子は1人なの? これじゃ寂しくておかしくもなるよ! 人のいるとこに送り届ければ?」
「最初の転送で時間がなくてな、もうこの世界の因果に組み込まれておる。それをまた人の群れの中に組み直すとなったらめんどっ……手間と時間がかかるんじゃ」
「ふーん、じゃあ人の方をこの子の所に送ればいいじゃん! 1人みたいだし誰も見てないでしょ?」
「それこそ問題だらけです! 人1人消して周りの人々の記憶を改竄するんですか!? 何もしなかったらただの神隠しですよ!」
「うーん……しかし寂しくて、というのはあながち間違ってはおらん。精神耐性のスキルでそういった類の感情には左右されんじゃろうが、流石に話す相手もおらんではな……誰かに見られているとなれば自ずと真っ当な道に戻るじゃろ……問題は方法じゃが」
「んー……あっ! まかせて!」
キラキラした目で獣神が手を挙げた。
「この間、うちの眷属が子供を産んだとこなの! その内の1匹、その子にあげる!」
「ほぉ! ええのええの! アニマルセラピーということじゃな? どうじゃ水神? それでちと様子を見んか?」
「まぁ確かに、生まれたばかりならば世界の因果に組み込むことも容易かと思いますが……」
「よし! 決まりじゃ! 獣神やすぐ手配をしてくれ、ついでに『わんにゃんDX』も付けて送ろう」
「わかった! その子の母親に聞いてくる!」
「ワシも行こう」
そう言って創造神と獣神は部屋を出て行き、あわてて水神がその後を追う。
「まっ待ってください! 新商品を無闇に送り付けるのはダメですよ! どの様な副作用があるかわかりませんし、もしそうなったら――」
バタン!
勢いよく扉が閉まって誰もいなくなった部屋に残されたのは、未だ浮かれてスキップしている変態の映像だけであった。