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義憤に燃えて  作者: kikuzirou
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プロローグ その2

 獄舎に看守の靴音が冷たく響き渡る。それはだんだん大きくなり、私の独房の前で止んだ。


「オヌマショウ、検事どのの面会だ。」


 今頃、何の用があるのだろうか。予審は全て終わっている。二、三の証人審理が残っているが、それも終われば、この夏に公判が行われると聞いている。心の中に靄を抱えたまま、私は看守に付き従った。早春という事もあってか、寒さはまだ肌を刺す。


 看守が検事室をノックすると、中から元気な声がした。久しぶりに聞く、岡検事の声だ。正面の机に岡検事は座っていた。丸顔にチョビひげ。優しそうな微笑みだ。そのすぐ傍で、清水警部が立っていた。顔は青ざめ、恨めしそうに私を見つめている。その姿は、取り調べのときの快活な雰囲気とは全くの別物だ。


 清水警部の異様な態度に気付いているのか、いないのか、岡検事はにこやかな表情を崩さなかった。


「小沼君、そこの椅子にかけたまえ。体の方はどうかね。元気になったかね。」


「はい。おかげさまで、食欲も取り戻しました。でもこの冬はいつにない寒さでこたえました。今日はいったい何の御用ですか。」


 私が言い終わるか終わらないうちに、清水警部は噛みつくような勢いで怒鳴ってきた。


「この、うなぎ居士めっ。まんまと俺たちを騙しやがったなっ。」


 警部の両の拳が震えている。まるで獲物を見つけた狼の如き目で、瞬きもしない。


「まあ、落ち着きたまえ、警部。」


 岡検事の低く威厳のある声に理性を取り戻したのか、清水警部は視線を背けた。私もほっとして正面に顔を戻すと、岡検事が無言のまま私を見つめている。


 しばらくの間、沈黙が流れた。


 居た堪れない感覚にやられ、何気なく視線を検事に向けると、検事の目とまともにぶつかった。検事は慌てるように目を横に背けたが、私は見逃さなかった。そこには涙が浮かんでいた。私は何かに襲われたような気分になり、肌も粟を生じさせた。


「何かあったんですね。検事さん、何があったんですか。」


 岡検事の潤んだ目が、私をいたわるように見つめる。


「昨日の三月五日、昼前に、菱沼君が三井本館の前で団琢磨さんを一発でやったよ。」


「ご・・五郎が・・・。で、菱沼君は。」


「やはり君の仲間だったんだね。」


 私はしまったと思ったが、事が成就した後なのだ。問題ないと自分に言い聞かせた。

岡検事がつづける。


「心配しなくてもよい。堂々たる態度で終始している。さすがは君の仲間だけある。元気だよ。しかし、団先生まで・・・。君たちの信念には脱帽するしかない。」


 ここでまたしても、清水警部が噛みついてきた。


「このペテン野郎め。嘘八百、ある事ない事でっちあげやがって。よくも警視庁を愚弄してくれたなっ。次は絶対に阻止するからなっ。」


 雷雨のような勢いでまくし立てる警部に、私は努めて冷静を装った。


「清水さん、何もそう興奮する事はないでしょう。事もあろうに、警視庁のおえら方が私みたいな小僧っ子の舌先三寸に引っ掻き回されたというのですか。」


「なにおっ、この野郎っ。」


「やめたまえ、警部。」


 検事は片手で清水警部を制止すると、私と警部の目を交互に見つめた。


「小沼君、はっきり言って、この勝負は私たちの負けだよ。君の勝ちさ。残念ながら、事件は振り出しに戻ったわけだ。今日は、君に菱沼君のことを知らせにきただけで、君から改めて何かを聴き出そうというつもりじゃない。警部も、この場にたち至って、おとなげない言動は慎むんだな。小沼君に笑われるだけだよ。」


 検事の言葉で、清水警部も大人しくなった。だが、警部の怒りはもっともだった。私は嘘の供述をしたのだから。だが、そうしなければならなかった。昭和維新を断行するためには・・・。


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