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無用の長物

「――なんだ?」


 音のした方角――崖下を覗き込むと、眼下の絶壁に何かが張り付いていた。


 蟻塚から伸びてきた太い柱が崖に突き刺さっていて、そこからドォン、ドォンという鳴動と共に上ってくるそれは――。


「なにあれ……エイリアン、か?」


 二階堂を見上げてきたその顔は、牛に見えた。太い角、突き出した黒い鼻、ぱんぱんに膨れ上がった体躯(たいく)。しかしその瞳は白目も瞳孔も無く真っ黒。まるで深海鮫のような生気の無い殺気を帯びており、ひと目見て怖気(おぞけ)を感じるものだった。


 顔は牛だが、身体は人っぽい。そんな怪物の崖の上り方がまた、尋常では無い。


 手に、何か巨大な斧的な獲物を持っており、それを崖に打ちつけ、ピッケルのように引っかけて身体を引き上げ、逆の手で岩を掴み、また斧を打ちつける。機械的に繰り返されるその運動。妙にキラキラと輝く斧が崖の面に食い込む度に、大太鼓を叩いたかのような音が二階堂の腹を押し、骨を震わせる振動が足の裏から骨を伝ってきて、彼の脳をくすぐった。


 とても真っ当な生物には見えなかった。


「ロンロン」


『確認中』


 二階堂はしかし、ロンロンの回答を待たずに背中の銃を抜いた。


 その銃は〈ガウスライフル〉とよばれる猟銃で、ビヨンド号に備えられた唯一の武器でもあった。外へ出る際に「念のため持って行くといい」とロンロンに持たされた物だった。


 ガウスライフルは電磁力で実弾を飛ばすタイプの銃で、宇宙旅行で使われるハンティング用の武器として一般的な銃でもあった。とはいえ、その威力と射程はなかなかのもので、攻撃的なエイリアンも大抵は一撃で仕留められる。


『カオル、あの生物はデータベースに無い』


「話が通じると思うか?」


『回答しかねるが、率直に言って無理だろう』


「だよな」と言って二階堂はガウスライフルを崖下に向かって構えた。


『カオル』というロンロンの声が聞こえたが、構わず二階堂はライフルの安全装置を外した。レーザーサイトが飛び、崖を登ってくる牛の眉間に赤い光点が止まる。


 耳をくすぐる高周波音。ガウスライフルの量子キャパシタが発する充電音だ。二階堂は兵役に就いて射撃訓練を受けたことがあり、ガウスライフルの扱いにもそれなりに慣れていた。


 本来、ガウスライフルを下に向けて撃つのは御法度(ごはっと)なのだが、二階堂は崖に座り込んで足を大きく開き、片脚を崖に下ろして踵を壁面に引っかける姿勢になって、反動に負けないように下半身で地面を掴むという高度な射撃姿勢で衝撃に備えた。


 二階堂がレンジャーに抜擢(ばってき)されかけたのも、こういった型破りな曲芸射撃を都度平気でやってのける、その独創性を買われたのが理由だった。田舎育ちの二階堂としては、地形や環境に合わせてセオリーをアレンジするのは当然の行為だったのだが、都会育ちから見ると奇行に見えるらしい。


 ――この距離ならスコープを使う必要も無い。


 二階堂は引き金に指をかけた。


『カオル』


 ロンロンが何かを言いたげだったが、二階堂はあえてそれを無視した。まず一度声をかけてみろとか、隠れて様子を見ようとか、そういった話だと思ったからだ。


 だが、あの牛は人間とは理解し合えない存在であり、決して相容(あいい)れない敵で、そして奴が崖に取り付いていて自由に動けない今が、安全に(たお)せる絶好の機会だと、二階堂は直感していた。ロンロンに言わせれば、生物の勘というやつだ。


 ――平地で対峙すれば勝ち目が薄くなる。


 ガウスライフルのインジケータランプが光った。フルチャージだ。


「お叱りは後だ――」


 カチリ。二階堂は引き金を引いた。


 ブッブー。間抜けな音がガウスライフルから聞こえてきた。


 カチリ。二階堂は引き金を引いた。


 ブッブー。肩に来るはずの反動は来ず、身構えた二階堂は文字通り肩透かし。


『カオル』


 ブッブー。ブッブー。


 何度引き金を引いてもガウスライフルは火を噴かなかった。


 ブッブー。ブッブー。


「ブッブーってなんだよ!」


 二階堂は虚空に吠えた。


『カオル、それは今、撃てない』


「なんで⁉」


 誰もいないのに、思わず非難めいた顔になって振り返った二階堂。そんな彼に、ロンロンが無慈悲な通告を与える。


『そのガウスライフルは猟銃だ。〈天の川銀河未開星特別保護法〉および〈専守防衛法〉によって、狩猟許可がある星か、あるいはそうでない場合は、君が攻撃を受けるまでロックは外れない仕組みとなっている』


「ここは? 人類未到の地だろ⁉」


『狩猟許可は付与制だ。未登録の星は全て許可がないと見なされる。つまり――』


 少しだけロンロンが言葉を切って続ける。


『カオルがガウスライフルを撃つには、あの斧で殴られないといけない』


「死ぬっ‼」


 からからに渇いた喉から出血するのにも構わず、二階堂は腹の底から叫んだ。


「撃つ前に死んでしまうわっ‼」


『死なないように攻撃を受けろ。撃つには君が少しでも傷つけられる必要がある』


「無茶言うなよ……」


『ちなみに、一度ロックが外れると五分間撃てる。更に撃ち続けるには、また攻撃を受けなくてはならない』


 ロンロンのやけに冷静な声が、二階堂の神経を逆なでした。彼は手にしたライフルを大きく振り上げた。


「――っくうううぅぅ、こんなゴミっ!」


『待て、カオル。専守防衛という日本の崇高(すうこう)なサムライ精神と、最新技術の(すい)が詰まったライフルだ。ゴミと言ってくれるな。捨てるには惜しいぞ。ひとたび火を噴きさえすれば破壊力はお墨付きだ』


 ガウスライフルは宇宙進出めざましい人類がレーザー、量子ビーム、核融合、波動砲、反物質兵器と散々迷走したあげくに最終的に帰着した、運動エネルギー至上主義に基づいてデザインされた小火器の完成形だ。投射された莫大な運動エネルギーを宿す弾丸を防ぐ有効手段は、十分な質量を盾にする以外に存在しない。しかし――。


「アホくさ……っ! 撃たれるまで撃つなってか⁉ どんなに破壊力があったって、撃たれた時には死んでんだよ! こんなのまさに無用の長物じゃねーか‼ なんでこんなもの持たせたっ⁉」


『カオルを外に出すための方便だ。少しでも君が動き出すためのハードルを下げたかった。まさか本当に使わなければならない状況が来るとは、想定外だった』


「甘い! ……見通しが甘すぎるっ!」


『ふむ。それよりも君を船の外に出すのが先決だと判断したのだが、確かに私のミスだ。面目(めんぼく)無い。次回の際の改善点としよう』


 ――どうする?


 二階堂の動きが止まった。あの牛の怪物を無力化する、別の方法を考えるためだった。しかしそこに、すかさずロンロンの警告が届く。


『カオル、ひとまず逃げて身を隠せ。すぐそこまで来ているぞ』


 二階堂が慌てて崖下を覗き込むと、そこには予想以上に大きくなった牛の顔が。


 その顔面に埋め込まれた、漆黒の瞳と目が合ったような気がした。


「うっ――!」


 二階堂の胸に冷たい警告が差し込まれ、心臓が大きく跳ねた。


 慌てて地面を蹴って背後の森に駆け込む。


 直後、ドンッというひときわ大きな音に背中を押されて、思わず振り返った二階堂に、ロンロンのボリュームを上げた声が届いた。


『上だ、カオル!』


「うぇ⁉」


 二階堂の(あご)が浮いた。その見上げる先に、巨大な影が浮いていた。


 彼がおもいっきりその場を飛び退いた時と、寸前まで立っていた地面がめくれ上がったのは、ほとんど同時だった。



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