黒水晶
「――うぉ!」
パァンという音を立てて黄水晶が綺麗に割れると同時に、その断面にパチパチと青白い火花が散り始めた。独特な焦げ臭い匂いも漂ってくる。
「ほんとに放電してるよ……どうだ、ロンロン?」
『テスタを当ててくれ』
そう言われた二階堂は、腰のツールから二本のプローブを引き出し、いたずらでコンセント穴に針金を刺す時のような顔になって(真似しないように)、恐る恐るそれを断面に差し向けた。
『電圧はそれなりにある。しかし電流が少ない。これだとバッテリーのフルチャージに何十年もかかってしまう』
「そっか……でも、可能性はありそうだな、ロンロン」
『そうだな、カオル。いつだって可能性はある』
しばらく待ってみると、数分で放電は収まった。電圧、電流、放電時間から、黄水晶が内包する電力量を概算したロンロンの話によると、これでビヨンド号を充電するには、比喩ではなく山ほどの黄水晶が必要で、さすがに現実的ではないという。
次に二階堂は黄紫水晶を試してみた。半分紫水晶、途中から黄水晶というタイプで、それが真ん中で混じり合った二色という種類の宝石らしい。『地球にも黄紫水晶は存在する』とロンロンが言っていた。
黄紫水晶を割ると、シューという音と共に断面に青い炎の揺らめきが灯った。とても綺麗だったが、意味が分からずに狼狽える二階堂。
ロンロンの予想だと、それはセントエルモの火と呼ばれる現象で、放電の一種だと言う。試しにテスタを当ててみたものの、こちらもやはり電流が足りないそうだ。
それではと、やや緊張気味に二階堂が赤色電気石を手に取った時、その腕をアノマリアが押さえた。
「――どうした?」
「それはちょっと危ないッスから、こっちからのがいいッス」
アノマリアは緑色電気石を指差した。
「赤色は危ないのか?」
「そうじゃなくて、それ、猫目なんスよ。その宝石に楔石をぶつけると〈シャッターストーン〉が起こるッス」
二階堂は手にした赤色電気石を見た。それは光を受けて一筋の白い線が走っていた。
『シャッターストーンっていうものは、どういった現象なのだ、アノマリア?』
じろじろと訝しげに宝石を見ている二階堂に代わって聞いたロンロンに、アノマリアは二つの電気石を指しながら説明する。
「星彩が入っていない普通の宝石に楔石をぶつけることを〈宝石を割る〉って言うッス。一方でこっち、星彩が入っている宝石に楔石をぶつけることは、〈宝石を破る〉って言うッス」
ひょいと、猫目赤色電気石を二階堂の手から取り上げたアノマリア。
「宝石を破ると、シャッターストーンという現象が起こるッス。普通の宝石を割ると、内部の力がある程度時間をかけて出てくるのに対して、宝石を“破る”と瞬間的に全ての力が放出されて激烈な現象になるッス。それをシャッターストーンって呼んでいるんスね。結構危ないんスよ?」
アノマリアは手にした宝石を投げる仕草をしながら続ける。すごく運動音痴だ。
「星彩入りの宝石は主に武器として使うッス。――こうやって敵に投げ付けて、そこに楔石をぶつけてシャッターストーンに巻き込むんスね。まぁ、楔石をぶつけないといけないんで、楔石の鏃を飛ばせる、主に狩人専用の技ッスね」
ふと彼女はトコトコと走り、何かを拾って戻ってきた。
「――これは金紅石。シャッターストーンでもっとも使いやすい武器になるッス」
そう言って見せたてきたのは、まるで水晶球のように透明な真球の中に、金色の細い針が無数に走った玉だった。金紅石らしい。
「この金紅石に楔石を強くぶつければ、中に入っている無数のチタンブレードが飛び散って周囲を切り裂くッス。結構な殺傷力があるッスよ。宝石は種類に応じてシャッターストーンの効果が違っていて、状況によって使い分ける必要があるんスけど、金紅石はとにかく単純に周囲をチタンブレードで切り裂くっていう効果なんで、場面を選ばず使いやすいと言われているッス」
『手榴弾のように使えるということか。奥が深いな、カオル』
「はぁ」
感心そうなロンロンと、ついて行けなくて生返事の二階堂。
二階堂は気を取り直して緑色電気石を地面に置き、慎重に楔石でそれを叩いた。パシィンという音と共に電気石は割れ、断面に何本もの太くて青白い炎が走った。
その青白い炎は、しばらく経つと風船のように空中に浮かび上がっていき、また新たな炎が電気石の断面に現れるという、あまり見たことがない現象が引き起こされていた。
「すんごい薬臭いな……」
放電に伴う独特な臭気に顔をしかめつつ、二階堂がテスターのプローブを当てようとしたその直前、ロンロンの鋭い静止の声が響いた。
『待て、カオル』
慌てて手を引っ込める二階堂。
「どうした?」
『それは電弧放電しているようだ。その炎はプラズマだろう。かなりの熱がサーモグラフィーに映っている。そのウェアは電気を通さないが、プラズマの熱には溶ける。溶ければ当然電気を通す。要するに死ぬから手を近づけるな』
二階堂はロンロンの説明にゾッとなって手を引っ込めた。
その後、二階堂はビヨンド号からゴツい電気プラグを引っ張ってきた。カーバッテリーの充電プラグみたいな、赤と青のアナログ感満載のプラグだった。
『極性は気にしなくて良い、電位差が生まれればこちらで整流するから、カオルはそれを近くに放ってくれ』
二階堂は言われたとおり、プラグを投げて電気石の断面近くに放り投げた。ロンロンの反応はすぐだった。
『悪くないが、これでもフルチャージに一ヶ月以上かかる』
「電気石の放電も、さっきのと同じくらいしか、もたねーッス」
と腕を組んでアノマリア。二階堂は頭を掻いた。
「チャージに一ヶ月以上って、それってビヨンド号の消費電力と同じくらいってことじゃないか」
『良い着眼点だカオル。その通り、これだと正味の充電量がほとんどない。現状維持だ。ただ、この電気石を二、三個並列にすれば徐々にではあるが充電はできそうだな』
「ひとつの電気石が放電している時間が、アノマリアの話だと数分。その間に次の電気石を見つけないとならない。しかもそれを一ヶ月昼夜を問わず続けるのか……」
「もっと大きな電気石もあるッス。でも、さすがにそれを見つけるのは運次第ッスよ。それにあんまり大きいと運搬の問題も出てくるッス」
アノマリアの言葉に、二階堂は腕を組んで喉を鳴らした。
「――もっと強い宝石があるんだよな、アノマリア?」
「黒水晶ッスね? 別格ッスよ。黒い宝石はどの宝石属でも別格の力があるんス。黒水晶なら電気石なんて足元にも及ばない雷が出せるッス」
「具体的にどれくらいとか分かるか?」
「うーん。過去、黒水晶のシャッターストーンで焼き払われた森があるんスけど、ぺんぺん草も生えないくらいの更地が出来上がったッス」
「そりゃ凄そうだな……どこに行けば手に入る?」
二階堂の問いに、アノマリアはもう一度、うーんと唸った。
「――この辺りの森は手つかずなんで、可能性はあるッス」
「森って、下の?」
「そうそう」
「毒ガスが充満してるってロンロンが言ってた?」
「その通り。茨の大壁近くや、標高が低いところには毒霧が溜まっているんスね。イグズドの侵入に対する大地の防御反応らしいッスよ。おかげで人間もアストロモルフも活動できないんで、掘り出し物の宝石が転がってる可能性がある、と思うッス」
「あの毒ガスって――」
『VXガスなみだ』
「死ぬ」
二階堂は絶句した。
「ロンちゃんのドローンなら、空から見つけられるんじゃないッスか?」
『残念だが、ガスが濃くて地上は観察できない』
ロンロンの声に、アノマリアが首を振った。
「空からでも多分見えるッス。結構黒水晶って目立つんスよ。出土前、地面に埋まった状態でパリパリ火花が漏れてて光っているッス。あと大抵、近くにでけぇキノコがいっぱい生えてるはずッスよ」
「キノコ?」
首をかしげた二階堂に、アノマリアも同じように首を倒した。
「あれは、なんでなんスかねぇ……? おかげで偉大な宝石の中でも黒水晶は見つけやすい方なんスよ」
「あー……あれか。カミナリだからか」
と、二階堂。そこに、ロンロンの声が割り込んでくる。
『どういう意味だ、カオル。カミナリとキノコが関係があるのか?』
ロンロンが二階堂に質問するケースは極めて希だ。二階堂がちょっと良い気分になって話をする。
「あれなんだよ。雷が落ちた跡って、キノコが沢山生えるみたいなんだよ」
『何故だ?』
「あまり詳しく聞かれても困るんだよな……作用のメカニズムは解明されてないらしいんだけど、経験的にそう知られているらしい。黒水晶が常に電気を零しているなら、そのおかげでキノコがたくさん、大きく育つという仮説は立てられる、かもな」
「おお、そうなんスか? おじさまもロンちゃんに負けじと物知りッスね!」
『田舎者の知恵だな。カオルは時々理屈ではないことを言い出す』
二人に持ち上げられて満更でもない二階堂。しかしすぐに、キノコにまつわる迷信を披露しただけだという事に気付き、すこし恥ずかしくなって咳払いした。
「――それじゃあロンロン、ドローンを飛ばして付近の森を観察してくれるか? 下からの攻撃には気をつけろよ。残り二機しかないんだろ?」
『了解した。近くの森を火花とキノコを頼りに探してみよう。死角を無くすためにもう一機のドローンも旋回させればいいだろう。二機で見張れば、よほど近くから射撃されない限りは大丈夫だ』
ロンロンの心強い回答に満足した二階堂は、青色尖晶石を持てるだけ持ってビヨンド号に引き返した。
青色尖晶石は水を生み出せる。それすなわち――。
――シャワーが俺を待っている!




