宝石検分
琥珀は美味しかった。濃厚な飴みたいで、ブリトルというお菓子に似てるなと二階堂は思った。
「琥珀はわりと貴重品ッスから、ありがたく食べるように」
「はい……それにしても、宝石ってこんなにゴロゴロしてるのか」
二階堂は陳列された宝石を眺め、周囲を見渡した。
確かに言われてみると、地面の至る所がキラキラ光っている。
「ゴロゴロもなにも、エヴァイアの街なんて建物が全部宝石ッスよ。石畳、床、柱、壁、窓。宝石は木材よりも頑丈で長持ちッスからね」
「ええ……」
ちょっと想像できない二階堂。
『カオル、アノマリアに聞いたのだが、この世界では宝石よりも金属の方が貴重のようだ。しかも金銀などの貴金属ではなく、鉄などの卑金属のほうが価値がある』
「そうそう。金銀プラチナは虫からわんさか取れるッスけど、鉄は宝石をわざわざ加工しないと取れないし、チタンに至っては貴重な楔石か金紅石が必要ッス。ミスリルなんて星遺物からしか取れないからくっそ希少品なんスよ」
「金銀プラチナは虫からわんさか取れるとな?」
まったく想像できない二階堂。
「コガネムシ、シルバーコガネ、プラチナコガネを潰せば作れるッス。でも全部柔らかすぎたり、錆びやすかったりするんで使い道がないんすよ」
「はぁ」と二階堂が生返事した。すると、アノマリアは「あっ」と続ける。
「ただし、虫っぽいからって、アストロモルフに手を出したらダメっすよ?」
「アストロモルフ?」
二階堂の不可解な視線に、アノマリアが頷いてみせる。
「そッス。〈巨いなる一族〉――〈アストロモルフ〉っていう一族が、この桃源郷には沢山いて、人間と共同戦線を張って頑張っているッス。彼らをひと言で言うと、でっかい虫ッス。基本的に人間とは友達で、共に大地で藻掻く隣人なんスよ」
「でっかい虫だと……」
「そそ。クソでけぇし、二本足で立ったりするんで、実際、虫と見間違えることはねーッス。言葉は通じないんスけど、おじさまの指にはめたその吻合環を見せれば絶対に襲われないから大丈夫ッス」
「この指環か……」
「その指輪はとっても貴重なものなんス」
左手薬指で光る碧い指環。それを凝視する二階堂に、「ママの指環ッスから」と、えっへんと胸を張ってみせるアノマリア。
「――でも、こっちから攻撃したらダメっすよ? 目を付けられると組織的につけ狙われるんで、まず逃げ切れずにモグモグされて、ごちそーさまになっちまうッスから」
二階堂の脳裏に、蟻塚城で大きなサソリを撃ち殺した時の映像がよぎった。
――よし、黙っていよう。
「そういえば、あの蟻塚城で巨大なサソリを斃したな、カオル」
――黙ってろよ!
「あちゃー……」
と深刻な表情になったアノマリア。
「……え、もしかして俺ヤバい?」
「――もう……これから朝から晩まで、おじさまは自分よりも大きなアリとか、ハチとか、蜘蛛とか、サソリとか、ムカデとかに追われるッス。寝る暇もないッスよ。この桃源郷で彼らのネットワークから逃れることはできないし、人里も巨いなる一族に追われてる人間は受け入れないッス。ここはたまたま隔離されているから無事だったッスね。捕まって食べられるくらいならまだしも、苗床にでもされた日には……」
彼女はブルルッと両腕を抱いた。
「――っつーことで、おじさま。もう自分とロンちゃんと一緒に、ここで余生を楽しむしかないッスね! 自分が一緒にいてあげるからきっと楽しいッスよ! 気にしちゃ駄目ッス!」
そう言ってアノマリアがニパッと笑った。二階堂は目の前が真っ暗になり、言葉を失って憔然と俯いた。再び安楽死を覚悟する。
「……なーんて、嘘ッスよ! やだなぁ、そんな絶望的な表情しなくてもいいじゃないッスか。だっははははっ! ……あのストロングホールド――蟻塚城って呼んでるッスか? 蟻塚城にいるのは正気を失った者どもと、アブザードとイグズドだけッス。あそこで何をしても問題にはならないッスよ」
ポンポンと二階堂の肩を叩いたアノマリア。二階堂はほっと吐息をついた。
「おっかねぇ……やめろよ、そういう冗談。心臓止まりかけたぞ」
「でも、蟻塚城っていうのは言い得て妙ッス。あのストロングホールドは、元はアピス族っていうアリとかハチの巨いなる一族が建造した砦なんスよ」
そこにロンロンが割り込んできた。
『アノマリア、あの城の成分なのだが、ひょっとして』
「巨いなる一族が宝石をガシガシ噛み砕いて固めたもんッス。すっごい頑丈なんスよ」
『つまり、あの城は全部宝石の砂利。言うなれば宝石製コンクリートということだ、カオル。実は昨日のサンプルの結果と、今日の宝石のサンプル結果からまさかとは思っていた』
「宝石の、コンクリート……」
二階堂は森の向こうにチラッと見えている蟻塚城を見て喘いだ。あの禍々しいはずの万魔城が、神々しく見えてきた。
そんなやり取りが落ち着くと、アノマリアが目の前に並べた宝石を指してぽつぽつと説明を始める。
一番左に置かれているのが黄色い宝石、楔石。宝石を割るために必要らしい。
その隣が青色尖晶石。水が作り出せるとか。
そこからが電気関係の石。すなわち、黄水晶、黄紫水晶、電気石類、ということだ。黒水晶はなかった。
どれも二階堂が知る宝石の常識を覆して大きい。楔石が一番小さいが、それでもギターピックのような形と大きさだ。黄水晶に至ってはスイカみたいな大きさがある。
「この楔石は結構良質ッス。ミノちゃんの首に掛かっていたやつッスけど。戦士は大体楔石をお守りとして身につけているんスよ」
アノマリア曰く、宝石を楔石で割るといろいろな現象が起こるらしい。半信半疑の二階堂だったが、しかしちょっと好奇心に押されてもいた。早速試してみることに。
「まずは、青色尖晶石がいいッス。水が出るだけで安全。見てて欲しいッスよ」
そう言ってアノマリアが拳大の青色尖晶石を離れた場所に置き、えいっ! というかけ声と共に手に持った楔石をぶつけた。
パキン……と真っ二つになった青い宝石。
直後、バケツを横倒しにしたような感じでその断面から水が零れ始めた。
「わっ、とっと」
アノマリアは慌てて後ろに下がった。青色尖晶石はそのまま水を吐き出し続け、大きな水溜まりを作って止まった。尖晶石の色は失われて透明になっていた。
「こんな感じッス」
ふふーんと、得意げに腰に手を当てたアノマリア。二階堂はとりあえず拍手してみた。
「意味分かったか、ロンロン?」
『原理は不明だが、そういうものとして理解した』
「お前も適応力半端ねぇな」
『先入観を捨てろ、カオル。変な思い込みを抱え込むと、いざという時に判断ミスをするぞ』
その台詞、ゲーム脳に言われてもね……というひと言を飲み込んだ二階堂。彼はその代わりに嘆息をつくと、次に黄色いスイカ大の石――黄水晶を持ち上げて地面に置いた。
「アノマリア、その、楔石だっけ? 貸してくれ」
「おじさま、黄水晶はカミナリが走って危ねーッスよ。死にはしないッスけど」
「俺が来ている服は絶縁服だ。電気は通さない」
二階堂が来ている全身タイツっぽいウェアは電気を通さない。他、保温と通気に優れ、引っ掛かりも少ないストレッチ抜群の屋外用作業ウェアなのだ。
「おお、すげぇ。電気に耐性がある装備って貴重ッスよ?」
アノマリアからギターピック大の楔石を受け取った二階堂は、それを思いっきり黄水晶に叩き付けた。
 




