ロンロンの余命
「――でも、ウィシャロイじゃないとな」
そう。エルジウムは弾だ。ロンロンに半永久的な命を与えるにはウィシャロイが必要。そしてその製法は不明。
「残り少ない命って……あとどれくらい持ち堪えられるんスか?」
「それは……」
「今後ガウスライフルを撃たなかったとして、残り九日といったところだ」
口ごもった二階堂の代わりにロンロンが答えた。その数値に、二階堂の心臓が痛いほど強く跳ねた。
――残り十八日のはずだ!
胃から指先に向かって、震えとも痺れともとれない緊張が走った。
この急激な減りは、ガウスライフルや屋外活動で使った分に違いなかった。
ロンロンの置かれた状況は、二階堂の想定を遙かに超えて悪かった。
「――ウィシャロイというのがロンロンに必要なんだね? 他で代用はできないの? 私はそれなりに博識だから、カオルとロンロンの力になれるかも知れない」
二階堂は、机の上で手が白くなるほど強く拳を握りしめて俯いていた。その拳に、アノマリアの手が静かに重なった。
錆び付いたように硬くなっていた首を上げると、真剣な眼差しを送ってくるアノマリアの顔があった。
「……どうなんだ、ロンロン?」
二階堂の声に、しばらく間があってから、ロンロンが答える。
「ウィシャロイの代替は無理だ。だが、バッテリーを充電する手立てがあれば私の活動時間は延ばせるし、ガウスライフルのエネルギー問題も随分と楽になる」
バッテリーではビヨンド号の全機能は使えないが、とロンロンが付け加えた。
「ばってりーというのは?」
そう聞いてきたアノマリアに、二階堂は「電気を溜めるプールだ。ロンロンは電気で生きている」と答えた。
「電気……」と手を口に当てて考え込むアノマリア。
軍用宇宙船だと、もっと別の素粒子をエネルギー媒体にするが、ビヨンド号は家庭用キャンピングポッドだ。一般的な電気駆動となっている。
うーんうーんと頭を巡らせていたアノマリアの動きが、ぴたりと止まった。
「……カミナリでいいかな?」
「カミナリ……まぁ、同じかな」
「宝石で電撃を生み出せるものは少ない。有名どころだと黄水晶か電気石属になるけど、もっとパワーが欲しい場合は黒水晶が自分の知る限り一番強力な雷を落とすね」
「……なんだって?」
耳の遠いおじいちゃんみたいに聞き返した二階堂。
「宝石を使ってカミナリを生み出す手段があるんだよ」
「ええ……ロンロン?」
二階堂は堪らずロンロンに助けを求めた。
「言いたいことは分かるが、受け入れるべきだ。先ほどの話でも、我々の知る青金石は柔らかいが、彼女の弁だと相当硬いものらしい。アノマリアが言う宝石は、我々が知る宝石とは別ものだと考えた方が良い。ここは異世界だ、カオル」
「まぁ、そういうことなら……。それで、アノマリア。その宝石はどこに行けばあるんだ?」
ロンロンの言葉を強引に飲み込んだ二階堂が、アノマリアに聞いた。
「黄水晶ならその辺に転がっている。電気石も、小さいのなら近くを探せばあるよ。大きいのも、ストロングホールドに行けばあるかも知れないね。でも、黒水晶はちょっと骨が折れそうだ。黒水晶は別格の宝石なんだよ」
「宝石ってその辺に転がってるんだ……」
二階堂は開いた口が塞がらない。
「宝石なんて、土を掘ればわんさか出てくるさ。ほら、その窓の外で光ってるのだって蛍石っていう――って、うぉおお⁉」
アノマリアが立ち上がって窓の外を指差しながら、そちらに向かって歩き出したその時、彼女の視線がテーブルの上の一点に突き刺さった。
「それ、真珠じゃないの⁉」
「どれ?」
「その」と言って、アノマリアは皿の上に転がっていた白い珠をピッピッと指差した。
「その白い宝石!」
「これ?」
二階堂が白い珠をつまみ上げた。ロンロンがミノタウロス風ハンバーグの角としてあしらったものだ。近くでよく見るとそれは確かに、ただの白い珠ではなく、光を受けて複雑に輝いていた。
「ちょ、ちょっと失敬!」
アノマリアがテーブルを回り込んで来て、お皿に残っていたもうひとつの真珠をつまみ上げた。彼女はまさに宝石を見つけた人間の顔つきになって、じっくりそれを眺め始めた。
「ロンロン……これ、どうしたんだ?」
「昨日の白濁した樹液の浄水過程において、濾過した不純物だ。簡易的な成分分析に失敗したので、乾燥させてから詳しく量子分析にかけようとしたのだが、その乾燥過程でどういうわけか自然と真球状にまとまって硬化した。体積まで減ってしまって。とても不思議なものだったので記念にカオルに見せたくなってな」
「嘘だろ……そんな怪しげなものを俺の食い物に乗せるんじゃねぇ!」
思わず椅子を蹴って立ち上がった二階堂。
「ミノタウロスの角になりそうな、ちょうど良いものが無くてな。ゲームではこういった意味深なアイテムはプレイヤーのステータスを向上させるものになる、というのがお約束だ。うっかりカオルが食べてしまわないかな、なんてことは考えてはいなかったぞ」
「お前ってやつは……そういうところがゲーム脳なんだよっ!」
「ゲーム脳はやめてくれ、傷つく」
しれっと不穏なことを言い放ったロンロンに、二階堂が部屋の奥に向かって指を突きつけて叫んだ。その傍らでアノマリアが唸る。
「――間違いない。これは真珠だ」
「はぁ、はぁ……その、真珠っていうのは、凄いものなのか?」
興奮を宥めながら、二階堂がアノマリアに聞いた。
「凄いも凄い。これを使うと螺鈿術の出力が一桁アップするんだよ。自然には出土しない宝石で、ある特殊な方法で作り出さなければ手に入らない宝石だ」
「特殊な方法?」
「防樹の樹液を何年にも渡って人間にがぶがぶ飲ませるんだ。すると、その人間の腹の中に真珠が出来上がるから、腹を割いて取り出す。ちょっと倫理的な問題があるっていうんで最近は作られていない」
「え、えげつな……フォアグラかよ」
二階堂、ドン引き。
「犯罪者の末路だね。カオルおじさまも気をつけて? いくら自分が魅力的だからって、ところ構わず襲い掛かったら……犯罪者マークを付けちゃうッスよ?」
犯罪者マークというのがなんなのか、二階堂は艶然と笑ったアノマリアが少し怖くて聞けなかった。
「……よしロンロン、決めた。明日からはその電気を作り出せるとかいう宝石を探す。人間の街は、二の次だ」
「わかった」
「アノマリア、すまないが宝石を探すのを手伝ってくれないか? いずれ、借りは返すし、その間ビヨンド号の設備も好きに使っていい」
二階堂がアノマリアの顔を見ると、彼女は万事承知している風に微笑んだ。
「もちろんッス。……借りを返さないといけないは、自分の方なんスけどね」




