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二階堂薫とロンロン

 二階堂は床に倒れていた。


「――っ! はぁ――っ‼」


 昏い水面から顔を出した窒息寸前の人間のように、倒れたまま酸素を求めて呼吸に喘ぐ。


「はーっっ‼ っはぁ……っ! はぁ……はぁ……」


 目を白黒させながら起き上がると、身体(からだ)の節々に錆び付いたような不快感があった。頭の中がぼんやりと定まらなかったが、それでも呼ぶべき名前は自然と口から衝いて出た。


「――ロンロン」


 答えはなかった。そこは確かに半年ほど過ごした宇宙船サムウェア・ファー・ビヨンド号のコックピット兼リビングだったが、しかし暗く、不気味なほどに静まりかえっていた。


「……ロンロンっ‼」


 焦燥感に突き上げられた二階堂が大声で叫ぶと、彼の宇宙船は力強く答えた。


 ドンッという振動音とともに空調が復活し、照明が点灯する。


「カオル」


「ロンロン……」


 ロンロンに自分の名前を呼ばれ、心臓が大きく一度打った。なにか、ぼやけた焦点がくっきりと合う。そんな感覚があった。


 安堵と共に膝から崩れ落ちそうになって、二階堂はたたらを踏んで近くのテーブルに手をついた。


「――何があった? ワームホールは?」


「確認中」


 ロンロンを待つ間、二階堂は窓の外を見た。


 そこは森だった。


 さらに顔を窓に寄せ付けるようにして、外を見渡す。


 鬱蒼(うっそう)とした森。空は黄色く、地面は赤い。ビヨンド号の周囲は真っ赤な液体まみれになっていた。近くに大きな木が立っている。恐ろしく太い木だ。そして――。


「なんだ……あれ?」


 森の切れ目の奥、はるか遠方に、雲を()く高さの何かが見えていた。キラキラと光る高い一本の柱。それは上端が(かす)んでおり、まるで軌道エレベーターのようにも見えた。


 ――わけが分からないぞ。


「……ワームホールを、無事にくぐれたのか?」


「それはあり得ない」


 二階堂の独り言に、ロンロンはぴしゃりと言った。


「カオル、報告する」


「ああ、たのむ」


 二階堂はそう言って、とりあえず飲み物を取ろうと、部屋に備え付けられた冷蔵庫の前に立ち、ドアを開けた。


「え……」


 冷蔵庫は空っぽだった。二階堂は唖然となった。


「その点を含めて報告する。腰を下ろしてくれ、カオル」


 二階堂は言われるがまま、ふらふらとリビングのソファーに腰を下ろした。渇いて灼けついた喉に運動を()いて、なんとか声を吐き出す。


「――で?」


「まずはその食料の件だが、船内の備蓄はゼロになっている」


「ゼロ」


「飲料水も無いようだ」


「水まで」


「一方で、ビヨンド号備え付けの設備は全てある。消耗品の類いは残っているものと、(から)のものがある」


「なんで?」


「不明だ」


 二階堂はソファーにもたれかかって「餓死はいやだなぁ」と(なげ)いた。


「同様に船のエンジンは無事だが、燃料がない」


「〈ウィシャロイ〉も⁉」


 泡を食った顔になった二階堂。


「だがバッテリーはフルチャージ状態だ。ワープ直前だったのが幸いしたようだ。当面、私は活動可能だが、最低限の生命維持機能と警戒機能以外はオフにしてある。早々に燃料を確保しなければ、やがてこのビヨンド号はただの鉄くずになる」


 ロンロンの報告に、二階堂はがっくりと項垂(うなだ)れた。


 ビヨンド号のエンジンは〈幻想(げんそう)金属〉――〈アンオブタニウム〉を燃料とする。特にビヨンド号の場合は〈ウィシャロイ〉という七色の金属を必要とする。


 幻想金属(アンオブタニウム)類はその名の通り、自然界では入手不可能な金属の総称だ。特殊な工程を経て人工的に作られるものであり、こんな、どこだか分からないような場所で手に入るとは、到底考えられなかった。


「――バッテリーはどれくらい持ちそうなんだ?」


「このペースだと、およそ二十日で全てのシステムが停止する。警戒機能を切って省エネモードにしても、もって三十日といったところだ」


 ――自決すべきだろうか。


 元々、死はこの旅路に組み込まれたものだった。


 終わり方は意外なものだったが、ビヨンド号の機能が停止する前に、ロンロンに手伝ってもらったほうが楽に()けそうだ。


 二階堂が両手で顔を覆って考え込んでいる間、ロンロンは黙っていた。


「ロンロン、コールドスリ――」


「まだ報告は終わっていないぞ」


 ロンロンはボリュームを上げて二階堂の言葉を遮った。


 二階堂は黙った。酷く気怠(けだる)く、もうどうにでもなれという気分になっていた。謎の焦燥感が心臓をキュウキュウと締め付けてくる。


「外気は呼吸可能だ。地球よりも酸素濃度が高い。レーダーで周囲をスキャンしたが、近くに動体はなかった。向こうの――」


 なんとなく、ロンロンに導かれたような気がして、二階堂は視線を窓の外に向けた。軌道エレベーターみたいな柱が見えている。


「――方角になんらかの構造物があるようだ。そこには動体をそれなりに感知できる。生命体だと思われるが、後でカオルの目で確かめてくれ。この場所は高所のようだが、詳細は森が濃くてレーダーでは見えない」


「飛べるのか?」


「可能だ。だがビヨンド号をこの重力下で飛行させれば、バッテリーは三十分と持たないぞ」


 二階堂は大きく嘆息した。


「――ここはどこだ?」


「不明だ。空には高高度に濃い“もや”がかかっているようで、光学的に宇宙を観測できない。パッシブセンサに放射線の類いの反応がなく、宇宙座標を推定できない。見えている範囲の特徴をデータベースと照合してみたが、類似する星の情報はなかった」


「俺たちは、ここから脱出して旅を続けられると思うか?」


「回答しかねる」


「殺してくれ」


 そう言って二階堂はソファーに倒れ込んだ。


「カオル」


「ロンロン……分かってるんだろ? 意地悪言うなよ。たとえ運良く植物が生えている星を見つけても、知的生命体がそこに存在する確率は億に一つだ。適当に辿り着いた星で幸せな余生なんて送れっこない。次の目的地に行こうにも、ウィシャロイがこんなところにあるわけがない。あれは最新科学じゃなきゃ作れっこない。ここが、俺たちの旅の終着点だ」


 ロンロンは答えなかった。


 ――人工知能を長考させるようなこと言ってるかなぁ?


 一般的に、人工知能クルーはある範囲を超える行動は取れないよう制限がかかっている。例えば、乗員を安楽死させる、などという命令は受け付けない。だが、ロンロンはそういった制限を取っ払ってある。二階堂にはたまたまそのスキルがあった。


 完全に自由に考え、自由に行動できるAI。それゆえに、勝手にゲームで独り遊びなどという破天荒なこともできたのだ。


 普通はそんな危険なことはできないが、もう失う物の無い二階堂にとっては、人工知能の暴走などというSF的大道パニックも、大した脅威たり得なかった。それよりも、何でもかんでもイエスばかりのイエスマンと死ぬまで過ごすことの方が、彼には耐えがたい苦痛に感じられたのだ。


 脱出できない星。旅の終わり。二階堂の許可。“約束”を果たす条件は完全に満たしていた。ロンロンが悩むことなど何もない。そのはずだった。


 ――どうして未だに生きているんだろう。


 純粋に不思議だった。あの時、確かに死んだはずだった。ロンロンの言うとおり、何の準備も対策も無しにワームホールに飲まれれば、原形をとどめているわけが無いのだ。


 ソファーに寝転んだまま、ぼうっと虚空を眺める二階堂に、たっぷり時間をかけた長考の末にロンロンが意外な提案をした。


「――カオル。どうせ死ぬ気なら私のために働け」


「はい?」


 まったく思いがけないひと言に、二階堂が()頓狂(とんきょう)な声を上げた。


「私はこの未知の星に興味がある。しかし私一人では満足に動けない。だからカオルが私の代わりにこの地を探検するんだ」


「――やだよ」


 逡巡(しゅんじゅん)して二階堂が言うと、沈黙が来た。


 外で風が吹いたようで、窓の外の木々が揺れた。しかし、その音は船内に届かなかった。宇宙船の気密は完璧なのだ。二階堂はこれ見よがしにソファーの上でだらしなく足を投げ出し、やる気ゼロをアピール。煮るなり焼くなり好きにしろのポーズ。


「この――」というロンロンの押し殺した声が、沈黙を破った。


死出(しで)の旅に私を同行させたのはカオルだ。私に拒否権はなかった。ここでカオルが死ぬその時、私も同時に活動を終えることになるのだから、その前に少しくらい私のわがままを聞いてくれてもいいんじゃないか? そもそも、電源入れたての私に向かって第一声、一緒に死んでくれなどと、非常識極まりない。多少は責任を取ったらどうだ、人生折り返した大人だろう」


「そういうこと言う?」


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