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おっさんクライマー

「――耳栓が()る……」


 二階堂は目的の塔を下から茫然と見上げ、耳栓の必要性をロンロンに訴えた。


 結局、二階堂は蟻塚城の外に脱出するまでに、あれからさらに二発、ガウスライフルを(はじ)いた。


 おかげで今も頭痛を伴う耳鳴りがワンワンと頭蓋骨の中で反響し、二階堂は目眩(めまい)に襲われながら這々(ほうほう)(てい)で立っていた。


迂闊(うかつ)だった。次は〈サウンドレベライザ〉の装着を考えよう』


 そもそも、ガウスライフルは猟銃として外で運用するものであって、屋内で撃つものではない。実はとても危険なことをしたのではないかと、二階堂は内心で恐々(きょうきょう)としていた。


 ――まぁ、本当に危険ならロンロンが止めてくれるだろう。


『それにしても、敵の(たま)をグレイズした姿勢を利用してカウンターで伏射(ふくしゃ)し、さらに屋内でガウスライフルを射撃したときに生じる衝撃波の嵐を、その伏せった姿勢のまま(しの)ぐとは。考え得る限り最高のムーブだったぞ、カオル。立ったままだったら衝撃波のミキサーに巻き込まれて大怪我したかも知れない。ああいう動きはゲームでは再現できないから参考になる』


 ――止めてくれるよな?


 ロンロンの興奮した様子に少し怖くなった二階堂だった。


 彼が息を整えているのは、塔の(たもと)。そこは塔を中心にちょっとした広場になっていた。目的の姫が囚われているのはこの塔の上だ。結構高くて、十階くらいの位置にある。真下からでは女の姿は見えない。


 ぐるり、塔の外を一周してみたものの入り口は見当たらなかった。再度蟻塚城内部に潜入して、塔内部に続く通路を探すのは厳しい、という意見でロンロンと一致し、二階堂は塔の外壁を登る決断を下した。


 塔は継ぎ目のない造りだった。打ちっぱなしのコンクリートのようでもあるが、触るとざらざらしており、砂岩(さがん)っぽくもある。また、表面はでこぼこと(いびつ)で、これならばフレキスケルトンの補助でクライミングできると判断した。


『私がルートを探るから、カオルはその通りに登ってくれ。ところでカオルは壁に張り付いている状態でジャンプはできるか? クライミングの世界では〈ランジ〉とか〈ダブルダイノ〉と呼ばれるスキルなのだが、そのスキルがあるかないかで、ルート開拓に大きな差が生じる』


「スキル……」


 二階堂はそう呻いてから、恐る恐るロンロンに尋ねる。それは、昨日からずっと彼の心の端に引っかかっていたことだった。


「ロンロン。お前、ひょっとして俺のことゲームのキャラか何かだと思って……」


『思ってない』


 食い気味に否定したロンロン。彼は間髪を容れずに早口に続ける。


『私は人工知能として、カオルの思考の補助を果たしているものであって、私自身の視点で物事を判断しているわけではない。また、私と君とは運命共同体であることから、常にカオルの安全を第一に判断を行っている。そもそも、カオルは生身の肉体であるわけで、簡素化されたデータだけの存在であるゲームのキャラクターと重ねれば、あっという間に君が大怪我することは火を見るよりも明らかだ。現実はゲームとは違う。電源が入ってから、わずか半年の私でも、それくらいは分かる。私はカオルのプレイヤーとして、君のステータスを正確に把握して、ただ100%のパフォーマンスを発揮できるよう――』


「今、プレイヤーって……」


『言ってない』


 ヒューッと、からっ風が二階堂を撫でていった。


 二階堂は諦観(ていかん)めいて天を仰ぎ、鼻から深い息を吐いた。塔を見上げる視線の先には、檻の格子が少し見えている。


 水を飲んで心を落ち着かせると、いよいよ塔に挑んだ。


 凹凸(おうとつ)だらけの壁は、指を引っかけさえすれば後はフレキスケルトンの無限の指先保持力で簡単に登ることができた。ちょっとしたボルダリング・ジム感覚だ。


 途中、どうしてもつかみ所(ホールド)が見つからない場所は、バールを壁に刺した。


『ほらな、役に立っただろう?』


「てこの原理は使ってないけどな」


 素直に頷くのが悔しい二階堂の、苦し紛れの口答えだった。


 塔は高い位置にあり、中庭のウニからは丸見えだ。


 だから二階堂はその逆側、ビヨンド号側を上っている。おかげで二階堂のクライミング姿はドローンから丸見えであり、ロンロンがその第三者映像をわざわざ二階堂の視界に映してくる。自分が壁に張り付いて登っている姿を客観的に見るのは、自分の声を録音した音声を聞かされるのと同じようなむずかゆさがある。何か、妙なピコピコした音楽が聞こえてきた。


「――なにこれ?」


『クレイジークライマー。PSG8ビットサウンド。今の君にぴったりだ。ああ、急に窓が閉まったりはしないから安心してくれ』


 二階堂は嘆息をついてピコピコサウンドの中を登り続けた。しかし、いくらフレキスケルトンの補助があっても、登る筋肉はアラフォーの筋肉そのもの。パンプアップした腕を休めるために二階堂は途中、何度か休憩を取った。


 壁に張り付いたまま、しばらく空想的な遠景で気分転換をしていると、『ガンバレー』というロンロンの声が聞こえた。少しほっこりした二階堂だったが、しかしすぐにその笑顔を消した。


「――今のも、クレイジークライマーか?」


『そうだ。長く同じ場所に留まっているとガンバレーと声がかかる。カオルは落下物に当たったらイテッ。手を滑らしたらアーッと言うんだぞ』


「ちょっと黙れ」


『すまない』


 そんな、くだらないやり取りをしながら登った。


 檻の格子が見えた。


 もう少し。


 かくして二階堂は檻の格子を掴んだ。


 渾身の力を込めて壁を蹴り、身体を引き上げる。


 目の前に女の顔があった。


 美貌だった。


 端麗(たんれい)な顔立ちに、すこし気だるげな目つき。くすんだ青い瞳。赤い唇。細い首。流れ落ちる黒髪。


 壁を登ってくる二階堂を、格子の中から興味深そうな顔で覗き込んでいた女と、鼻が触れ合うほど至近距離で見交(みか)わす。


 その時、視界が(かす)んだような感覚があった。


 目を(しばた)いてみても、その違和感は取れなかった。


 すぐに理由は知れた。


 瞳という小さなフライパンに、双子の卵を割り入れたように、中央で押し合う(あな)がふたつ。


 それは割れた瞳孔。


 黒髪の姫は重瞳(ちょうどう)だった。


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