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#04

 ジョゼフは理事長の家で娘の家庭教師をしているらしく、息子のエドワードとはそこで知り合ったと聞いた。そして度々、絵のモデルを……

 そんなことを考えながらダリルが校内の階段を下りて行くと、廊下にジョゼフとエドワードの姿を見付けた。ジョゼフは何やら困ったような表情をし、エドワードが何か説得をしているようだった。  

 しかし視線に気付いたエドワードは、ちらりとダリルのほうを見ると、逃げるように早足でいなくなった。

「?」

 不審に思ったダリルは、すぐにジョゼフの下へ駆け寄った。

「ジョゼ!」

「ダリル?」

「何か困ってたみたいだけど、大丈夫か?」

「……」

 その問い掛けにジョゼフは苦笑いした。

「ヌードを描かせてくれって、頼まれてさ……」

「ヌード!?」

 ダリルは唖然とする。

「それで、断ったのか?」

「いや……」

 ジョゼフは首を横に振り

「まさか、OKしたんじゃ……!?」

 気が気ではなかった。ジョゼフは無防備だと思ってはいたが、“そんなこと”があっていいわけがない。

「いや、まだ“イエス”も“ノー”も言ってない」

「そんなのすぐに断れよ!」

 何で断らないんだ!? お人よしな彼に、ダリルは憤りさえ込み上げてきた。

「やっぱ、そうしたほうがいいのかなぁ……?」

 ダリルは溜息が出た。呑気なジョゼフのその言葉にすっかり呆れてしまう。一息ついてから言葉を吐き出した。

「当たり前だろ?……すぐに断れ!」

「でも、お世話になってるしなぁ……」

「そんなこと関係ない! ――あいつは変態だ。お前のことを……『綺麗』だなんて言ってたし……」

 それは自分が言った言葉ではなかったが、ダリルは言うのが恥ずかしかった。それを聞いたジョゼフは

「綺麗?……ははっ、冗談だろ」

 と全く真に受けていなかった。





「今日、空いてる?」

 ある晴れた日の午後、授業を終えるとダリルが言った。

「うん。空いてるよ」

 ジョゼフはそう返事した。穏やかな陽気が心地いい。こんな日はカントリーでも聞きたいな。ダリルはそんなことを思いながら伸びをした。

 すると携帯電話の着メロと連動してバイブが鳴った。

「……」

 ジョゼフがバッグから携帯電話を取り出し、着信メールを読む。

「ごめん、今日彼女がうち来るってメールが来ちゃった……」

「彼女?――」

 ダリルの頭の中は真っ白になった。

「本当ごめん! また今度っ」

 申し訳なさそうにジョゼフは言ったが、ダリルは何も言わずに無言で去って行った……





 ダリルは原付バイクを飛ばした。このままフルスピードで駆け抜けたい気分だ。スピードを上げると容赦なく風が全身に吹きつける。空は穏やかに晴れていたが、彼の心は薄暗く曇り、ぽっかりと浮かぶ怪しげな雨雲を連想させた。それはまるで土砂降りの前のような……

 自宅のアパートに着き部屋に戻ると、彼はCDを流した。

「――」

 70年代のベストアルバムを聴き――それに浸る。

「くそっ!」

 しかし、すぐに気分は苛立ちへと変わった。

 クリアなその音は鮮明に当時の楽曲を再現していたが――違っていた。

 彼は“あの音”が聴きたかった。 



 ターンテーブルに乗せたレコードに  


 モーターアームの先に付いた針を乗せ


 回転を始めた瞬間……


 パキパキッと擦れる  


 レコード盤との 


 ――摩擦音  


 回転が進み 


 それをシンプルに再生する  

 

 スピーカーの   


 あのモノラルの音が  







 ジョゼフに彼女ができたことはすぐに校内で噂になった。ジョゼフはもちろんのこと、ダリルが誰かに話したわけではない。どこかで見かけた者がいたのか、とにかく根も葉もない噂ではなくそれは事実だった。

「あいつ趣味悪いな」

「何で、あんなブスなんかと」

 そんな悪意に満ちた言葉があちらこちらで飛び交う。

 相手は同じ大学の生徒で地味で、目立たない同級生の女子らしい。悪い子ではないのかもしれないが、散々他の美人な女子生徒達を振り続けてきたジョゼフが、彼女を選んだことに納得するものはいなかった。誰もが二人を祝福せず、非難と嫉妬の嵐である。そんな中ダリルは彼女がどんな女性か知らなかったが、やはり祝福はしていなかった。そして、その存在を知ったあの日以来

――彼とは距離を置いていた。



『女が抱けない』


 そう言った彼も、彼女を抱くのだろうか  


 キスは…… 


 こんなことを考えてしまう自分が分からず、苦悩する日々が続く。





 ある日の明け方、深夜のバイトを終えて帰宅すると、玄関の前で携帯電話の着メロが鳴った。上着のポケットからそれを取り出す。

 “Jozeph” ディスプレイの表示が相手を示す。着信はジョゼフからだった。

「……」

 ダリルは電話に出るのことを躊躇うが、急かすように電話は鳴り続けていた。

「……ちっ!」

 しつこく鳴り続ける電話に舌打ちすると、ダリルは根負けして仕方なく電話に出ることにした。端末を耳に当てる。

「――」

 何も話したくないので無言で待つ。


《良かった。出てくれて……》


 久しぶりに聞く、ジョゼフの声。

「何か用か?」

 ダリルは冷たくそう言い捨てた。女を抱けないと言っておきながら彼女がいたジョゼフ。あれは嘘だったのか? ダリルは裏切られたような気分になり、ジョゼフが許せなかった。

 なんであんなことをオレに言ったんだ。彼女がいるくせに……

 馬鹿にしやがって。

 くそ――!

 ダリルはその怒りをぶつけてソファーを殴った。



《彼女が死んだ》



「――?」

 電話口から聴こえたその一声に、ダリルは言葉を失った。

 ジョゼフがさらに続ける。


《オレは彼女と恋人のふりをした。

 彼女はあんなに幸せそうにしてたのに……

 オレに愛されてると思い込んだまま死んでった。

 だから、“罪を償う”ことにした》

「!?」

 償う――その最後の言葉に衝撃が走った。頭の中で最悪の結末を展開してしまい、ダリルは激しく頭を振ってその思考を否定した。駄目だ、そんなこと。あってはいけない! 止めなくては……

「ジョゼ、何を考えてる!?」

《ダリル、最後にオレの声を聞いてくれてありがとう……》

 電話の声はそこで途切れてしまった。

「ジョゼ?……」

 ダリルは家を飛び出した。

 原付バイクを飛ばしてジョゼフのアパートへと向かう。闇を振り切り裂くように原付バイクを走らせる。途中の信号待ちが煩わしい。立ち並ぶ家々がうっとうしい。全部突き抜けて一直線に彼の下へ行きたかった。ただの勘違いか、冗談であってほしい。しかしジョゼフは冗談であんなことを言うような奴ではない。ジョゼフがいなくなってしまう……! そう思えてならなかった。


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