#03
翌朝、先に目覚めたジョゼフはソファーから起き上がろうと足を床に下ろした。
「う゛っ……」
すると呻き声と何かを踏んだ感触がして彼は下を見た。
「ダリル!?……」
「痛……っ」
床に寝転びながら頭を押さえているダリルの姿があった。
「ごめん!? でも、何でダリルがここに居るの?」
ジョゼフの頭は混乱した。
「何でって、ここは“オレの家”だから」
痛〜〜ッ、靴を脱がせれば良かったな……心の中でダリルはそう嘆く。
「ダリルの家?」
ジョゼフは辺りを見回した。テーブルの上はダリルが片付けてしまったので何もなく、自分の住むアパートに造りも似ていたが、ただ一つ“あるはず”のものがここには無かった。
二人はアパートを出ると駅前の早朝から営業しているファーストフード店に入り、登校時間までそこで寛ぐことにした。
「ごめんダリル。泊まり込んだりして……オレ、ずっと友達がいなかったから嬉しくて、つい舞い上がってた……」
哀しい表情でジョゼフが言った。
「気にするな」
ダリルは明るく笑顔で返し、それを見たジョゼフは安堵した。
「ダリル、今度はうちに来てよ?」
「え……?」
「一緒にレコード聴かない?」
「レコード?」
ジョゼフの意外な言葉に、ダリルは思わず目を丸くする。
「昔オレが家を出る時、祖父からもらったんだ。もう耳がよく聞こえなくなったからいらないって」
「本当か? オレ、ずっと生でレコードの音聴いてみたかったんだ……! じゃあ、絶対行くよ!」
ダリルはすっかり感激し、興奮気味にそう言った。
ダリルは24時間営業のファミレスでウエイターのバイトをしている。ある日バイトを終え、新しいシフト表を見るなり、さっそく彼は携帯端末から電話をかけた。
「ジョゼ、来週の火曜か木曜空いてるか?」
「ダリル?……火曜なら空いてるけど……」
電話に出たジョゼフは、眠たそうな声をしていた。それもそのはず――その時、夜中の三時を回っていた。しかしダリルはこのことを早くジョゼフに知らせたくて、深夜であることをすっかり忘れていたのである。
翌週の火曜、大学の授業を終えるとジョゼフがバイクで誘導し、ダリルは原付バイクでジョゼフの家へと向かった。
ジョゼフの家は彼が言っていたようにダリルが住むアパートに造りがとてもよく似ていた。中へ案内されるとダリルは“例の物”が気になって仕方がなかったが、さっそくジョゼフがそれを見せてくれた。
「わぁぁ〜これがレコードを聴く機械なんだぁ……」
初めて見る本物のレコード・プレイヤーにダリルはすっかり感動して瞳を輝かせ
「何聴く?」というジョゼフの問い掛けに「じゃあ、これっ!」と声が弾む。ダリルは嬉しそうに一枚のレコードを棚から取り出した。
それは80年代から90年代にかけて一斉を風靡した伝説のロックバンドのものだったが、ミディアムテンポな曲が多く、誰もが口ずさみたくなる曲ばかりでロックはあまり聴かないダリルもこのバンドのものは結構好きだった。
やがて再生が終わるとジョゼフがプレーヤーの蓋を開け、中からレコードを取り出した。
「次は何聴く?」
ダリルがすっかり気持ちを高ぶらせながらレコードを選んでいると、下のほうに伏せて置かれた額縁を見付けた。彼はなんとなくそれをひっくり返す。そこに入れられていたのは、椅子に腰掛けた男性を描いた絵だった。
「これって、ジョゼか?」
「ああ……そうだけど」
その絵の下の方にイニシアルが書いてある。
“E・R”それが誰なのかダリルは気になった。
「この絵どうしたんだ?」
「もらったんだ。エドワード・ギールグッドに」
「エドワード・ギールグッドって、まさか理事長の……!?」
「そう、理事長の息子の」
ジョゼフは、あっさり答えた。
「お前、アイツと知り合いなのか?」
「うん」
だが二人が友達という感じはしない。ダリルは何か不自然なものを感じていた。
「でも、何でアイツがお前の絵を?」
「分かんないけど、よく頼まれるんだ。絵を描くのが好きみたいで」
「よく?……この絵は何でもらったんだ?」
「それが一番よく描けたからあげる――って言われて」
ジョゼフは何の不信感も抱かない瞳でそう言った。
「それなら自分で持ってればいいのに……」
ダリルは何となく腑に落ちなかった。そして、彼がその絵をもとに戻そうとすると……
何かが外れて床に転がった。
「何だこれ?」
拾いあげるとそれは何かの部品か機械のように見えた。
まさか!? と不吉な勘が過り、鳥肌が立つ。
「ジョゼ!」
「何?」
ダリルが急に声を張り上げたので、ジョゼフは少し不思議そうに目を瞠った。
手にしたものを怪訝そうに眺めながらダリルは言った。
「これに“盗聴器”みたいなものが付いてたぞ?」
「盗聴器?」