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#02

 翌朝ダリルは肌寒さを感じながら、原付バイクで大学へと向かった。並木通りに囲まれた校内はいつも似たような光景が広がっている。同じ時間に同じ人間が登校し、毎日代わり映えしない。そんな彼らのことをダリルが無関心なように、向こうもダリルのことに無関心だ。声を掛け合うこともなくすれ違う。

 教室に入ると前列の空いている席に座った。隣りには、約一人分空けて男子生徒が座っていたが、彼は机に突っ伏していた。ダリルが席に座り教科書などを出していると、突然電子音が鳴った。

「……?」

 するとその音に気付いた隣の男子生徒は、鈍い動きで机の上にある携帯電話に手を伸ばす。寝ぼけた様子でボタンを押すとその音は止んだ。彼は上体を起こし伸びをすると、ふとダリルを仰ぎ見る。

「おはよう……」

 彼はココアブラウンの髪を掻き上げた。

「おはよう」

 ダリルがそう返すと

「オレはジョゼフ・コールだ。よろしく」

 彼は穏やかに微笑した――水平に流れるような形の瞳で。

「オレは、ダリル・アボット……」

 見惚れてしまった。頬が熱くなり、紅潮して行くのが分かる。この少年はあの時見た完全なる“美のオブジェ”だ。青を水で薄めたようなその瞳は透明度の高い海のようだ。それはずっと見ていたい容姿ながめだった……





「あいつとは関わらないほうがいいぜ」

 ある日ダリルは教室で突然、話もしたこともない男子生徒にそう言われた。

「あいつって?」

 彼が尋ねるとその男子生徒はジョゼフ・コールのことを指すように顎をしゃくった。

「あいつはこの学校で告白して来た女を全員振ってるんだ。この前なんか学校一もてるメリッサのことまで振っちまって、男からかなり反感を買ってる。仲良くしてると友達がいなくなるぜ」

 そう言われてみればジョゼフの周りには、いつも友達がいない――

 自分以外は。

 しかし、そんなことは気にすることではない。自分は友達が欲しくて苦労してまでこの大学に入ったのではないのだから――そう思った。


「ダリル、今日家に遊びに行ってもいい?」

 帰りがけにジョゼフが声を掛けて来た。

「ああ、でも……うちに来ても何もないけど」

 そう言ったが、来て欲しくないわけではなかった。

「いいよ、何も無くて――じゃあ、行こう」

 ジョゼフは嬉しそうに微笑んだ。





 それから、ダリルは原付バイクでバイクのジョゼフを誘導し、ダリルの住むアパートへと向かった。この地域の天気は気まぐれだが、幸いにもその日は穏やかで雨が降ることは無かった。途中で安いシャンパンやつまみなどを買い、アパートに着く。

「わぁ〜オレが住んでるアパートに似てる!?」

 部屋に入ると驚いたようにジョゼフが言った。

「ジョゼフもこういう所に住んでるんだ?」

「うん。――あのさ、オレのことは“ジョゼ”って呼んで?」

「ああ……」

「じゃあ、呑もうか? 友達になった記念に」

 ジョゼフは陽気にそう言った。それから二人はダリルが最近買った小さなブラックのソファーに腰掛け、乾杯した。





 そして、呑み始めてから数分後。


「オレの名前はね……」

「……」

 突然ジョゼフが語り始め、ダリルが彼のことを見てみると、酔っているのか空ろな目をしていた。

「オレは本当は“ジョゼフ”じゃなかったんだ」

「どういうこと?」

 唐突な話の内容にダリルは首を傾げた。酔ってるな……そう思う。

「本当は……“ジョセフ”だったんだ」

「ジョセフ?」

 ほろ酔いのダリルは漠然として、問い返す。

「……オレの母親が役所に届ける時、スペルを間違えてjozephって書いたらしいんだ。ふふっ……有り得ないだろ? こんなこと……ふふふっ……」

 ジョゼフは吹き出すように、そして情けなそうに笑った。

「オレの母親は……バカなんだ――しょっちゅう家に男を連れ込んだり」

「……」

 話の内容が重くなり、ダリルは困惑したがジョゼフは愉快そうに笑みを浮かべながら話を続ける。

「若いのから年取ったのまで、いろんな男を連れて来て……同じ男はほとんど見たことがない。すぐに新しいのを連れて来て、子供(オレ)がいるのも構わずやりまくってた」

 言い終えるとジョゼフは哀しげに微かな笑みを浮かべた。そしてシャンパンをグラスに注ぎ一口飲むとソファーに身を預け、顎を天井に向けた。




「だからオレは女が抱けない」




「え?」

 衝撃的だった。ダリルはすぐにその言葉の意味を把握できず、伺うようにジョゼフの顔を見詰めた。

 ジョゼフはそこで話を()め、つまみのナッツを黙々と食べ始める。

「女が抱けない……?」

 ダリルは疑問を捨て切れなかった。確かめずにはいられなくなる。

子供がきの頃に植え付けられた母親の記憶がトラウマで……ベッドの上の女を見ると、どうしても浮かんで来てしまうんだ――“あの光景”が……だから、できないんだ」

「……」

 ダリルはジョゼフが女を振り続ける理由が分かったような気がした。心に刻まれたその光景が悪夢となり、彼に女性に対する嫌悪感を植え付けてしまったのだろう。

 ジョゼフはグラスに残ったシャンパンを飲みほし、再びシャンパンをグラスに注いだ。ダリルはそんな彼のことを静かにじっと眺めていた。水平に流れるような形の目、青空を映した水面のような色の瞳、筋の通った高い鼻、長い睫毛(まつげ)、少し厚めの下唇……どれもが繊細で純度の高い宝石や芸術品のようだ。こんなに側で、こんなにじっくりとその横顔を見るのは初めてだった。 気が付くと完全に見入ってしまっていた。その美しさの虜となり、もはや目を離せなくなくなっている。

「ねぇ」

「えっ!?……」

 急に振り向いたジョゼフに驚き、ダリルは思わず持っていたグラスの中身を零しそうになった。

「何か音楽聴かない?」

「音楽?」

 ダリルの胸は異常なほど早鐘を打ち、動揺していた。ぎこちない返事を返すとジョゼフはソファーから立ち上がり、ラジカセの前にしゃがみ込む。

「何かCD聴こうよ」

 弾むような声でジョゼフは言った。まるで子供のようにはしゃいでいる。学校では優等生で冷静沈着な印象を持つ彼だったが、意外な面を見てダリルは少し驚いた。

「うん……」

「わぁ〜これ聴きたい〜」

 感嘆の声を上げジョゼフが取り出したのは70年代のヒット曲ばかりを集めたベストアルバムだった。さっそくそれを再生させる……

 流れて来る音楽は彼らが生まれる前に作られたものだったが、不思議と懐かしさを感じさせ、それがとても心地良かった。ジョゼフは時々リズムに合わせて身体を動かし、ダリルはその音楽を聴くことで気持ちが安らいで行った。 何曲か聴いてからふとダリルが横を見ると、ジョゼフはグラスを片手に持ったまま瞼を閉じていた。

「ジョゼ……?」

 そっと声をかけるが返事はなく

「寝ちゃったのか?……」

 と顔を覗き込むと、静かな寝息だけが聞こえて来た。

「しょうがないなぁ……」

 ダリルはジョゼフの持っているグラスをテーブルに置いた。そして彼の身体を横にして寝かせると毛布を掛け――そこで一瞬手が止まった。

「……」

 夜中の11時を過ぎたその部屋にジョゼフの寝息が静かに響いていた……



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