お土産
もしかしたらあの街は私が住んでいた街かもしれない。
と確信が持てないのは、地図の街名が読めなかったから。
自分が住んでいた街の場所も知らなかった。
13才で街を出るまで、他の街には1度も行ったことがなかった。
日々の生活だけで必死で、街の外のことなんて考えたことなんてなかった。
お屋敷仕事を始めてからは、お屋敷にほぼ引きこもり状態だったし、坊っちゃん達の後始末でそれはそれで必死で生きてきた。
もし、あの街が私の住んでいた街だったなら、私の家族はどうなってしまったのだろう?
父さんと母さんはともかく、弟妹のことが気がかりだ。
このアース様の供が終わって、もし自由になれたなら、確かめに行こう。
そう鬱々と考えていると頭がどんどん痛くなってきて、体まで重くなってくるような気がする。
とりあえず、さっさと次の目的の街まで行って、休みたい。
全く先に進まない旅路に、私はイライラしていた。
ただでさえ気がかりなことがあり、この仕事を終わらせてしまいたいというのに。
「ここの蜂蜜は有名なんだ。叔父さんのお土産に買っていこう」
そうアース様は言ってから、どれを買うか30分は考えている。
駆け落ち設定の人間がお土産とか買っていくものなんでしょうか?
随分と余裕のある駆け落ちだな。
それに、ここの蜂蜜、すっごく高い。
蜂蜜ってそんなに高いものでしたっけ?
ここがアース様の書いたあのメモ用紙にあった『貴族の間で流行っている高級蜂蜜』の店であることはすぐ分かった。
そもそも客の服装から違う訳で。
店の人に本当にお金が払えるのかと疑いをかけられているような目線を感じているのだけれども、アース様は全く気付いていない。
アース様は悩んだ末、3種類の蜂蜜を買うことにしたらしい。
その値段もびっくりなのだけれども、そのお金はどこから出るのだろう。と傍観していると、アース様はご自分のポケットからお金を出された。
…そのお金は、どうされたのだろう。
あの晩のアース様にお金を持っている様子はなかった。
そのお金はもしかして旦那様から頂いたもの?
いったいいくら頂いているのだろうか。
アース様が買った蜂蜜を私が持つべきなのだろうかと思ったけれど、大きな旅行鞄を持っているので持てない、というつもりで手を差し出さずにいたけれども、なんとアース様は蜂蜜も旅行鞄も自分で持たれた。
使用人であるはずの私の荷物は小さな横かけ鞄だけ。空いている両の手の平を見ながら、それでも荷物を代わりに持つ気になどなれない。
旅行鞄は大きすぎて、私には運べない。運べたとしても、動きがとても遅くなってしまうので、昨晩からずっとアース様が運んでくれているのだけれども、使用人としてはそれは失格なのだろう。
使えない使用人を目指す今となってはそれでいいのだけれども。
アース様がそういうことに気をつかえる人だというのが驚きなのだ。
だって、まるで私のことを女の子扱いされているようにも思えてしまう。
次にアース様は何故かとんでもない行列に並び始めた。
露店が並ぶ通りの中でも、一番長いのではないだろうか。
アース様が露店のものを?
最高級品で囲まれるのが当たり前だった人が、露店のものを食べるのかという疑問と、どうして一緒に並ばれるのだろうかという疑問。
私に並んで買ってこい、でいいのでは?
そんなアース様は並ぶのでさえ楽しんでいるように見えた。
並んで買ったのは『今流行りの変わった形の甘いパン』なのだろう。
さっきとは大分値段の安いそれも、アース様が小銭を出されて2つ買ってくれた。
露店の買い物も、どうやら初めてではないような慣れた様子に、違和感を感じる。
いつの間に、そんなことをされる時があったのだろう。
貴族の中でもより貴族らしく、全て使用人にさせていると思っていたのに。
パンは見たことない形の揚げたパンで、そんなに甘すぎずおいしかった。
アース様は器用に蜂蜜の入った紙袋を肘で挟んで持って、歩きながらそのパンを食べていた。
まさかアース様が食べ歩きをされるとは。
その後も雑貨屋を見ようだの菓子屋に寄ってみようだのだらだらと街を移動して、結局今日は街の入り口から出口までの移動で終わってしまった。
早く移動をしたいと思ったらコレだ。
歩き疲れもあってかなり私はイライラしていた。
夕方になって宿を決める時に、アース様は見るからにボロい宿へと当たり前のように入っていった。
宿の中でも位の下の方にあるのではないかというそこは1階が酒場で、2、3階が宿屋になっているようだった。
本当にここに泊まるつもりなのかと信じられずにいる内に、アース様は宿の部屋を自分で取っていた。
愛想の悪い主人から鍵を1つ預かると、宿代も先に払われる。昨日の宿の何分の1の値段なのだろう。
取った部屋は、2人部屋という割にはかなり狭く、ベッドが2つ置いてあるのだけど、ベッドとベッドの間もかなり狭い。
1人部屋に無理やりベッドを2つ置いたのではないかと思われる。
本当にこんなところに泊まるの?
だって、掃除だって行き届いていない。
下の酒場は賑わっているようなのだけれども、宿屋としてはあまり人気は無さそうで、下の喧騒が聞こえてうるさいけれど、2階に人はいなさそうだった。
これなら宿代だって安いことだし2部屋取った方がいいのでは?
とアース様に言ったけれど、却下された。
それでは駆け落ちにならない、と。
アース様は下の酒場で夕食を食べようと言われたけれど、私は断った。
アース様のあちこちの買い食いのせいでお腹など空いていない。それに、私は酒場の雰囲気が苦手なのだ。
1人で酒場に下りて行ったアース様のことは気になったけれど、私はぐったりとベッドに座ることしかできなかった。
頭が痛い。体も、疲れている。寝不足だし、心配なことだってある。
ベッドに置かれた蜂蜜が入った紙袋を、私は睨み付けた。
この蜂蜜を買わなければ、宿代に回せたのでは?




