出発
お屋敷の中に入ったところで、アースライ様と私はルマさんに引き剥がされた。
ルマさんはとても機嫌が悪く見えた。遠慮なくアースライ様を睨み付けている。
「エマ、旦那様が書斎にいるから行っておいで」
まるでアースライ様を無視するようにエマさんは私の方だけ向いて言ってきた。
何が起きているというのだろう。
そう思いながら書斎へと急ぐ。
書斎へ入ると、旦那様の顔色も悪そうに見えた。
珍しくソファに座るように言われた。
机の上に紙に包まれた物が置かれている。
お金のように見える、と思っていると、旦那様が話し始めた。
「アースライ君のことなんだが、家を追い出された…否、自分から家を出たらしい」
「はい!?」
アースライ様が何だって?
というかアースライ様の込み入った話っぽいけれども、どうして私が聞かされているのだろう。
「アースライ君に許嫁がいたことは知っているだろう」
いいえ、知りませんでした。とは口に出して言う雰囲気ではなかった。
いることは知らなかったけれど、いるだろうとは思っていた。
旦那様の話によると、その許嫁との結婚の話がとうとう進められることになったそうなのだが、双方から婚約破棄を言い出し、結婚の話がなくなったのらしい。
相手の女の人には想い人がいたらしいけれど、アースライ様が断った理由は不明。いつものわがままなだけのような気がするけれども。
その事で一族の一番偉いお祖父様を怒らせてしまったらしく、家を出るように言われてしまったのらしい。
アースライ様の父親(旦那様のギャンブル仲間)はお祖父様の怒りを抑えようと手を尽くしているのだけれども、なんとアースライ様の方から家を出てしまったのだという。
何を考えているのだろう。
ただでさえ1人じゃ何もできない人なのに。
「とりあえずは貴族の身分を捨てた親戚のところで世話になるらしくてな、そこまでの供を、エマ、君に頼みたいんだ」
「はい??私が?お供、ですか??」
私に何の関係があるのだろうと聞いていると、いきなり私のご指名に声が裏返る。
昼間出かけられていたのはアースライ様の父親に呼び出されたらしく、アースライ様のお家は旦那様より身分が高いため、旦那様には断ることができないのらしい。
アースライ様の父親はどうやら息子がとんでもなくかわいいのだけは分かった。
いや、でも待って。
おかしいだろう。
そんなに自分の息子が心配なら、自分の家から使用人を付ければいいじゃないか。
どうしてそこでアースライ様の家の使用人ではない私がアースライ様のお供をしなければいけないの?
「そこでな、エマ。後1年残っていた君の契約期間の代わりに、アースライ君の供として付いていってあげてほしい。いきなりの話だからな、君の親の借金はそれでなしにするし、先に借金を引かない1年分の給金を払おう」
そう言って旦那様は机の上の紙包みを私に渡してきた。
すぐにアースライ様は出発したいらしく、早く荷物をまとめるようにと言われて書斎を出た。
訳が分からないまま、私は今使っている使用人部屋へと向かった。
荷物っていったって、私は何も持っていない。
ベッドの下の床板の裏に、今まで貯めてきたわずかな給金が隠してあるだけだ。
家から持ってきた荷物は坊っちゃん達悪魔の手によって既に何も残ってないし、服だってない。
今日は寝ていて洗濯はできなかったから寝巻きも乾いてないだろう。
隠してあった分と、さっき渡された給金を入れる鞄すらない。
どうしようかと思っていると、部屋の戸が叩かれて、返事をする前にルマさんが入ってきた。
「エマ、とりあえず今日乾いた洗濯物持ってきたよ」
どうやら誰かが私の寝巻きを洗ってくれていたらしい。
ありがたいけれど、入れる鞄がないことに代わりない。
私が小さな包みを持って放心状態でいると、ルマさんはすぐに状況を把握してくれたみたいだった。
「荷物はそれだけかい?」
私が頷くと、ルマさんの後に着いてくるように言われた。
ルマさんが使っている使用人部屋に連れて行かれると、ルマさんに小さな鞄を渡された。
「古い鞄だけどまだ使えるだろう」
その鞄にお金の包みと寝巻きなんかを入れるとすぐにパンパンになった。
肩に斜めにかけると丁度腰の辺りに袋部分がくる。私にしては大金を持っているからこの辺りに袋部分がくるのは助かるかも。
「エマー?行くよー」
アースライ様の大きな声が聞こえてきた。
「しっかりしな」
ルマさんに軽く背中を叩かれても現実がよく見えてこない。
他に何か持っていかないといけない物はなかった?
全く頭が回らず何も思いつかない。
廊下に出ると、私を見つけたアースライ様が近付いてきた。
不安そうにアースライ様を見上げた私に、アースライ様はにっこり笑顔を向けてきた。
「行こう」
引っ張られるように手を引かれ、玄関前に停められた馬車に乗せられた。
乗るとすぐに馬車は出発した。
バタバタすぎる。
そういえばお屋敷の誰にも別れの挨拶ができていないことに気付いたけれど、もう遅かった。
4年もお世話になっていたのに、挨拶もできずにお別れになるなんて。
ルマさんとかに恩知らずだとか言われているだろうか。
30分程立ってから気付いたけれど、隣に座るアースライ様に手を握られたままだった。
何故か機嫌良さそうに見えるアースライ様だけど、私にはその握られた手が逃げれないようにするためのようにとしか思えなかった。
どれくらい走っていたのだろう。私はずっと放心状態で、馬車が止められた時には外が真っ暗になっていて驚いた。
馬車を降りると目の前には高そうな宿屋があった。
今日はここに泊まれってこと?
どうしたらいいのか分からずにいる内に、馬車の御者をしてくれていたロッドさんが部屋を取ってくれたらしい。支払いも済ませてくれていた。
アースライ様が部屋に行こうと背中を向けた隙に、ロッドさんが私に何か渡してきた。
「旅費だ。あの坊っちゃんに見つからないようにしろよ。一晩でなくなりかねないからな」
私が頷くと、ロッドさんはすぐに帰っていってしまった。




