買い物
アースライ様のご所望品がかかれたメモ用紙を前に、ルマさん達使用人が困ったように群がっていた。
書かれているもののほとんどが分からないのだという。 どうせいくつかのものは嫌がらせも入っているのだろう。そろえられるものだけで勘弁してもらうしかない。
ただでさえ少ない使用人を買い出しに使うのはどうかと思った私は、外に出ようと思っていたのもあり、気軽に買い物を引き受けてしまったのだ。
「ホントにバカ!私のバカ!なんでこんなにバカなの?」
思わず声に出して言ってしまった。
屋敷の外に出ても友人の1人もいない私は普段から買い出しくらいでしか街に出たことはない。
外に出るいい理由になる。と思って買い物を引き受けたのに、なんてバカなことを引き受けてしまったのだろう。
学のない私は最低限の字しか読めない。普段の決まった買い出しくらいなら問題ないのだけれども、今日の買い物はあのアースライ様ご所望の物で、全然普段の物ではないわけで。
つまり私にはメモ用紙の字すらほぼ読めないわけで。
それも込みでどうせ嫌がらせの物も入れて分かるものだけ買って、一応買い物には行ったけれどもムリでした。という、努力はしましたというアピールだけしてアースライ様には納得してもらおうなんて思っていたわけで。
それにしてもまだ1つたりとも買えていないというのはどういう訳か。
今日の私は年頃の娘に見えなくもないのでは!?
と楽しい気分だったのはほんの数歩で終わって。
昼間に友人とゆっくりカフェでお喋り!
なんてことを夢見ながら終わった数歩…。
私に待っていたのは目の飛び出るような高級茶葉の値に冷や汗をかくという結果だけで。
一軒目からどうやら茶葉の名前のようだ、という予想だけは当たっていたのに。
よく行くお店の人に尋ねたら、メモ用紙のご所望品は分かったのだけれども、とんでもない値に私はそれはいらないからいつもの下さい、というのがやっとだった。
そのやり取りだけでも疲れて嫌になっていたのだけれども、その後から全く買い物が進まないわけで。
まず何が書いてあるのかが分からない。
致命的過ぎる。
普段アースライ様が来るときにお菓子を注文する菓子屋のものだろうかと思って行ってみたのだけれども。
店員さんにメモ用紙を見せて確認してもらうと、分かったのは分かった。
この街では買えないものだということが。
今流行りの変わった形の甘いパン。
貴族の間で流行っている高級蜂蜜。
王族御用達の蒸しケーキ。
全部隣街まで行かなければ手に入らないのらしい。
教えてあげたのだから何か買っていけと店員さんに圧力をかけられて、いつもの菓子を買うしかなかった。
ここまでで既に1時間を超えている。
私のイライラはそこそこ上限に達しようとしている。
いつもと違ったちょっとワクワクのお休みはどこ行った。
始めからアースライ様の買い物なんて真に受けなければよかったのに。
それもあるし、買い物1つまともにできない自分が情けなくもある。
そう、だって私は普段から買い物係から外されている。字があまり読めないというのもあるし、私が金銭的なものに携わるのに信用されていないというのもある。
坊っちゃん達の後始末で忙しくて行けないというのも、もちろんあるけれども。
私が買い出しに行ったのだから物がそろわないのは仕方ない。
そう他の使用人達がアースライ様に言い訳する姿が目に浮かぶ。
こんなに頑張っているのに、使えないやつ扱いなんて、虚しすぎる。
ホントに、情けなくて泣けてくる。
ダメ、エマ。お屋敷に帰った時に赤く腫れた目なんて見られるわけにはいかない。
新品の服の袖が涙で濡れる。
もう次で最後にしよう。次の店に行ったらもう帰ろう。
気落ちしたまま男性物の服屋さんに向かう。
私が読めるのは、どうやらシャツという単語が書いてあるくらいなので来たところでどうしようもないのだけれども。
旦那様の新しいシャツでも買って帰ろう。少しサイズを大きくした方が良さそうだったし。お腹回りが特に。
いつもの物より少し大きめのシャツを注文して待っていると、派手な上着とズボンが置いてあるのが目に入った。
誰がこんなものを着るのか、と不思議に思って見ていると、お店の人にすすめられた。
今流行りの服なのらしい。
流行りと聞いてアースライ様のご所望の服はこれでいいのではないか、と私は思った。
金額も預かってきたお金の残りで足りる。
お菓子だって流行りのものを欲しがっていたわけなのだし。
他の使用人さん達だってメモ用紙の内容を理解してなかったのだから、別にこれを代わりに買っていってもいいのではないか。
気がつくと私はその服を買っていた。
勝手なものを買ってしまった罪悪感はなく、そこそこの値のものを買ってやったことでちょっとだけ私のイライラがスッとした。
そもそも旦那様もアースライ様にしてもお金はあるのでこれくらいの金額のものは怒られる範囲には入らないだろう。
後は坊っちゃんのどっちかでも着てくれたら似合わなすぎで道化のように笑わしてくれるだけで十分この服は役に立つ。
お屋敷に着く頃には日が落ち始めていた。
裏口よりも正面入り口の方が近いのでそこからお屋敷に入ることにした。
長いお屋敷までの道を歩いていると、アースライ様がこっちの方に走ってきた。
「エマ!どこに行ってたんだ?」
アースライ様の問いにちょっとイラッとする。
「アースライ様が書かれたご所望品の買い物ですけど」
ムッとしながらアースライ様のメモ用紙を見せると、アースライ様はそれを少し見ただけでぽいっと捨ててしまった。
「それよりエマ、早く用意して。急いで出発しよう」
私が休みの時間を使って頑張って買い集めたものを、それよりってなに?
確かにちゃんと買い物できてはいないわけだけれども、そんなメモ用紙見たことないというように捨てられたら、私のこの時間は何だったの?
それに、この人は用意とか出発とか、何を言っているの?
アースライ様がお屋敷の方に戻ろうとして背を向けたけど、私はあまりにショックでその場に立ち止まっていた。
動かない私に気付いたアースライ様は私の方に振り返った。
その時、アースライ様が何かに気付いたようで、微笑まれたので私はちょっとドキッとした。
「その服、似合っているね、エマ」
服を誉められた!?
この服を着てから誰にも服にはつっこまれなかったのに。
思わず顔が赤くなってしまった。
まさかアースライ様に気付かれるなんて。
「さあ、急ごう」
アースライ様は私が持っていた荷物を持つと、私の手を引いて歩き出した。
え?どういうこと?
アースライ様が荷物を持ってくれるなんて気を効かせることにもびっくりだし、手を引かれることにも驚いて、手を繋がれたまま引っ張られるように歩くしかなかった。




