別行動
町に着いた時には雨は止んでいた。
まだ時間は早い気がしたけれど、アースはこの町で泊まることにしたらしい。
ずっと馬車に乗っていたから体が固い。
馬車でうとうとしていた私はアースに手を取られても拒否するのを忘れて宿の部屋まできてしまった。
部屋の中に入ってから目が覚めたように目をぱちくりさせた。
まるで1日目に泊まった宿のように広いし高そうな宿だ。
どうしてこんなに高そうな所に?
驚いて思わずアースの方を見てしまった。
アースは何故か鞄からあの派手な上着を出して着ようとしていた。
そういえばあの上着を捨てるのを忘れていた。
「エマ、少し出てくるよ」
どこに?
と尋ねたかったのだけれど、出来なかった。
ずっと喋ってなかったからか声が出にくい。
せっかく声が出るようになったのに、無理にでも喋るべきだったのだろうか。
何も言えずにいると、アースの方から喋りだした。
「知り合いに会いに行ってくるからもしかしたら遅くなるかもしれない。もし遅かったら食事は食べといて」
「………」
「エマ?」
アースはすぐには出ていかなかった。不思議に思ってアースの方を伺うと、じっとアースに見られていた。
「エマ、ここは知り合いの宿だから何かあったら宿の人に伝えてくれたらいいから。宿の外には出ないでね。本当はこの町には来るつもりはなかったんだけど。まだ町も安全とは言い難いしね」
アースの言葉に私はもしかして、と思う。この町は………
私は思考をそこで止めざるをえなかった。
アースが目の前にきて、アースに無理やり顔を上に向けさせられた。顔がアースの両手に包まれていて、目と目が合う。
私は顔が赤くなるのを感じた。
「エマ、本当に何も喋らないね。ちゃんと声は出る?また出なくなった?」
アースは本当に私のことを心配してくれているようだった。その心配そうな顔に、少しだけ嬉しくなった。でも次の言葉にそんな気持ちもどこかに一瞬で飛んでいってしまった。
「何か喋ってよ、エマ。じゃないと、キスするよ?」
何言ってるの、この人!?
と思っている間にもアースの両手に包まれた私の顔に逃げ道などなく、アースの顔がゆっくりと近付いてきた。そう、ゆっくりと。嫌味な程に。
「ーーーっっっアース!」
私が声を出すと、アースの顔は触れる前に止まった。
目の前にはアースのニヤニヤする顔。
ーうん。だからその顔はないと思うんですが。イケメンが台無しになるニヤケ顔をまさか今日も見ることになるとは。
私はアースの手を思いっきり叩いてアースの手の中から抜け出した。
思ったより強く叩いてしまったけれど、アースは気にしていない様子。
「じゃあ行ってくるよ、エマ」
アースは何事もなかったように出ていった。
アレは何…?
このままでは私の心臓が持たないような気がするんだけど。
まだ立ち直れていない内に、ドアがノックされた。
ビクッとしてとりあえず無視してみると、またノックされる音。
どうやらアースが戻ってきた訳ではないらしい。
ドアを開けてみると、宿の従業員の人がお茶の用意を持ってきてくれていた。ただし、茶葉は入っていない。
どうやらアースが宿を出る前に頼んでいってくれたらしい。
どういう意味かはもちろん分かる。
昨日森の魔女様にもらったお茶を飲むためのものなのだろう。
確かに、今日の朝はそれどころではなかったし、まだ飲んでいないことを私も気にしていた。
決して、この気遣いに喜んでなどいない。決して!
お茶はとても美味しかった。
あのドロッとした液体のことを思い出して少し身構えてしまったけれど。
とても飲みやすかったし、喉もすっきりしたような気がする。
「あー、あー、あー」
まだそんなに声は出そうになかったけど、声が出やすくなった気がする。
「アースの、バカ!」
発声練習に悪口を言ってみると、ちょっとすっきりした。
「ヘンタイ!女のテキ!女たらし!」
せっかく声が出るようになったのに汚い言葉ばかり出すのもどうかと思ったけど、まあ、言いたいことを言うようにした方が出やすい気がするし、いいでしょ。
「昨日は、何!?セキニン、取ってよ!」
言ってしまってからはっとして口元を押さえる。
今のは嘘!責任を取って欲しいなんて思ってない!思わず口から出ちゃっただけだから!
まあ誰に言い訳してるの、って感じなんだけれども。自分しかいないけども。
本当に違うから!私はそんなことは望んでないから!
1時間くらい1人でわーわーしていたけど、落ち着くと、私はお金が入っている小さな鞄を肩から斜めに掛けて宿の部屋を出た。
声も出るようだし、アースもいないし、この時間を使わない手はない。
この町が私の生まれ育った町なのか、調べないと。
宿から出るなとは言われたけれど、アースが帰ってくる前に戻ってきたらいい。
さっきまでの自分が嘘みたいに、心が冷えてくるのが分かる。
本当はとても不安で、確かめになど行きたくない気持ちも強いけれど、でも、私はお姉ちゃんなんだから。
弟妹達が今どうしているのか。
本当にこの町は私の故郷なのか。
さあ、エマ。
宿屋を出るだけで勇気がいるなんて情けないことこの上ないけれど、あなた、お姉ちゃんでしょ?




