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新しい服

 起きたときにはもうお昼を過ぎているようだった。

 重たい体を起こすと、下着で寝ていたのを思い出す。ここが1人部屋でよかった。この部屋に移してもらってから坊っちゃん達の嫌がらせも今のところまだされていない。

 まあこの特別待遇も坊っちゃんの被害が他の使用人に及ばないようにするためなのだけれども。

 使用人服に着替えて部屋を出たところでルマさんに会った。


「夜は大変だったみたいだね。私も起こしてくれたらよかったのにさ」


 坊っちゃん達のことよりもアースライ様のことを嫌っているルマさんを起こしても絶対起きなかっただろう、と思ったので笑って誤魔化しておく。


「まあ今日は旦那様も休んでいいって言って下さってたからゆっくり休みな」

「旦那様帰って来られたんですね!?」

「何週間振りかしらね。おかげで坊っちゃん達は朝から出掛けて行ったから今日は仕事の邪魔されずにすむよ」


 まあ邪魔な客人がいるけれどもね、と呟きながらルマさんは仕事に戻っていった。


 とりあえずご飯でも食べようと思って食堂に行くと、料理長さんに山盛りのご飯を出された。どう考えても私の細い体には入りそうにない量だったのだけれど、機嫌が悪そうな料理長さんの無言の圧力に負けて文句を言う気にもなれなかった。

 大量のご飯から気をそらすように昨晩のことを思い出す。

 まあ昨日は雨も降っていたし、多分私は何か聞いたような気がしたのだけれども、多分気のせいだ。

 そう私は雨の音がうるさくて何も聞こえなかった。そういうことにしておこう。

 あの後が大変すぎてなんかその辺の記憶も薄れていく。

 アースライ様の冷えた体を温めるために1人で風呂の用意をするのは大変だった。

 普段から全てを使用人に任せきっている人だ。服すら自分で脱ごうとしてくれない。

 まあ言ってみるもので服を脱ぐのも着替えるのも自分でやってもらったけれども。ボタンのかけ違えなんてほっといても大丈夫だろう。

 なんとか風呂に入ってもらって、全ての片付けをすませて日が昇る前にはなんとか布団の中には入れた。

 それにしてもアースライ様が1人で来るなんて珍しい。いつも無駄にぞろぞろと引き連れているのに。

 勝手に1人で家を出て来て使用人達を困らせてやろうとかいういつものやつだろうか。今頃アースライ様の家の使用人達が必死で探し回っているかもしれない。


 まだご飯を全部食べきれずにいると、他の使用人達がざわざわし始めた。きっとアースライ様が起きたのだろう。

 忙しそうに食堂に入ってきたルマさんが料理長さんに何か指示している。アースライ様の食事の準備なのだろう。

 ルマさんがこっちを見てきた。きっと用事を言われるな、と思ったら案の定。


「エマ、悪いんだけどさ、旦那様にコーヒーを持っていってくれるかい?ザラじゃまだムリだからさ」


 さっき私は休んでいいと言われたはずなんだけれども。でも今はこの大量のご飯から逃れるいい言い訳になりそうで助かった。

 私が頷くとルマさんは忙しそうに食堂を出ていった。

 旦那様のために苦めのコーヒーを入れる。

 そういえばザラが勤め始めてから旦那様が帰って来たのは今日が初めてのような気がする。そりゃあ分かっていないと旦那様のための苦めのコーヒーは入れれないかも。

 休みと言われても他に着る服もないし、なんだかんだ仕事になるんだろうな。


 旦那様の書斎までコーヒーを持っていくと、旦那様は忙しそうに何かをされていた。


「コーヒーを持ってきました」

「ああ、ありがとう。それがないと目が覚めないな」


 そう言って旦那様はコーヒーを一気に飲み干して苦さに顔をしかめた。

 遅くまでギャンブルをされているから目が覚めないのでは?

 そう言ったところで旦那様のギャンブル好きは直らないだろう。


「悪いが、少し出なくてはならない。夜には戻るつもりだから料理長にもそう伝えておいてくれ」

「分かりました」


 部屋を出ようとすると旦那様は私に気付いたようで呼び止められた。


「エマ、今日は休んでいいと聞いていないか?」

「聞きました」

「何故仕事の服を着ている」

「他に着るものもないので」


 あなたのバカ息子のせいで私服は着られない姿になりましたから。

 口に出さなくても旦那様は何かに気付いたようで深く眉間にシワを寄せた。


「いつもすまんな」

「そう思うのならもっと帰ってきて下さい」


 旦那様は罰が悪そうな顔をして視線をそらした。

 本当に旦那様がちゃんと帰ってきて下さったら坊っちゃん達のバカ行為もましだったろうに。

 まあただの使用人の私が何を言ってもムダなのだけれども。

 部屋を出ようとするとまた旦那様に呼び止められた。

 旦那様は何かを探し始めた。

 1つの箱を見付けるとそれを私にくれるようだった。


「前に買っていたんだが、遅くなってすまない」


 箱の中を開けると中には服が入っていた。

 上が白いブラウスのようになっていて、腰から下が青い色になっているワンピース。

 新しい服のようだった。

 私が驚いていると旦那様は私の身長に合わせるようにワンピースを広げてみせた。


「エマに似合うと思ってな。よく似合いそうだ。着てくれたまえ」


 

 部屋に戻って信じられない気持ちで私はワンピースを見た。

 だってこれ、新品でしょ?

 新しい服を着るなんて初めてだ。

 今まで何回かお古をもらったことがあるくらいだ。自分で買う余裕もないわけだし。

 着てみると、少し大きめに感じるのは私が細すぎるだけなのだろう。

 まるで17才の等身大の女の子になれたようじゃない?

 この部屋に鏡はないので似合うかどうかは分からないけれど、気分は高揚とする。

 久しぶりに外にでも出てみようかな。せっかくこんなにいい服を頂けたのだし、部屋にこもっているだけなんてもったいない。

 この服だって、いつダメになってしまうか分からないのだから、悪魔達がいない内に少しでも堪能しておかなければ。雨だって今日は降っていないのだし。


 私がそう思うのは仕方ないことだった。見せたい人がいるわけではないのだけれども、誰でもいいから見せびらかしたい気持ちになっていたのかもしれない。

 だからって、買い出しまで引き受けることなかったのにバカエマ。

 街に出るついでに買い出ししますよ、なんて気軽に引き受けるのではなかった。

 気分が良かったのはほんの一瞬で終わってしまった。


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