酒場
「何とか買えて良かったね、エマ」
買い物を終えたアースは機嫌が良さそうに笑顔だった。
私はそれどころではない。
アースに手を繋がれて緊張している、のもある。
でも、それよりも、アースが抱えるその袋…買い物の中身を思い出すと恥ずかしくてアースの顔を見ることさえ出来ない。
宿屋の女将さんとミミさんと、ついでにアースも入って4人で午後の優雅なお茶をしていたら、宿屋の旦那さんがやってきた。
そろそろ夜の食事の準備をするという。そこで解散となってしまったのだけれども、ミミさんが思い出したようにアースに買い物に行けと言った。
そういえばアースにも荷物の要るものを考えておくように言われていたのだった。
店が閉まる前に急ごう、と行こうとした時、宿屋の女将さんとミミさんに無言の圧力をかけられた宿屋の旦那さんが、なんとお金を出してくれた。
いちよう宿屋の旦那さんもアースからかなりの金額を奪ったことを気にしていたらしい。
商家のバカ坊っちゃんから大金を奪うだけならそんなにも気にしなかったかもしれないけれど、駆け落ち、となったら困るのは相手の娘の方だと思うと良心が咎めたらしい。
宿屋の旦那さんからもらったお金を握り締めてアースがまず向かった買い物先は、なんと下着屋さんだった。
どうやらミミさんが私の下着を買うようにアースに言っていたらしい。
確かに、下着は要る、けれども。主人であるアース…否、その前に男であるアースと買いに行くことはなかったのではないの?
恥ずかしくて入れない私を、アースが無理やり店の中に入れてきた。
えーと?アースも一緒に店に入って大丈夫なの?
夕方ということもあって店には外のお客さんがいなかったので一応良かった。
店の店員さんは始め、アースを見て咎めようとしたように見えたけれど、アースの顔を見て態度を改めた。まさかこんなところでアースのイケメンが許されてしまうなんて。
喋れない私の代わりにアースが定員さんと喋る。
これは何の嫌がらせ?
男の人と下着屋に来ることだって十分恥ずかしいのに、何を買うかもアースに知られるの??
それに私…、下着も自分でまともに買ったことないからどれを選んでいいのか分からない。
今の下着は使用人仲間だった人に買ってきてもらった物で、既に2年は着ているからのびのびだし下着は切実に必要。
下着は、というより下着も、と言わなければならないけれど。
店で立ち尽くすしかない私を見かねてか、アースは店の店員に適当に選んでもらうことにしたらしい。
他にも靴下なども買っていた。確かに靴下も必要だ。
そして下着屋を出て靴屋さんを見た。
確かに靴だって、要る。今私が履いている靴はいつ壊れても不思議じゃない。
でも、だからってやっぱり…!
アースが当たり前のように手を繋いでくるのだけれど、私には逃げられないようにされているようにしか思えなかった。
多分手を繋がれていなかったら逃げ出していたかもしれない。
それくらい恥ずかしさでいっぱいなんだけれども、アースの全く気にした様子がないのもどうなの?
あなたは今、女性物の下着を買って、手に持っているのに、恥ずかしいとかはないの?
宿屋に戻って来ると、アースは下の酒場で食事を食べようと言い、荷物を2階の泊まっている部屋まで持っていってくれた。
普通、そこは使用人のする事のはずなんだけれど…。
酒場は思っていたよりも騒がしくはなかった。良かった。あんまりうるさいのは苦手だから。
この酒場は食べ物は4種類しかないらしく、宿屋の女将さんは4種類全部を持ってきてくれた。
アースがお皿に取り分けてくれる。
それも私の仕事のような気がするのだけれども。
「これは少し辛いから苦手だったら僕が食べるよ。こっちはけっこうおいしい。このお肉は柔らかくておいしい。このスープは薄味だから何か足してもいいかもね」
私が寝込んでいる間にアースは食べたことがあるらしく、料理の説明をしながら分けてくれた。
料理はアースの説明通りにおいしかったけれど、少し辛いと言われた料理は私には辛すぎて食べれなかった。
「エマは辛いの苦手なんだね?」
アースは笑いながら私が途中まで食べた料理を、なんと食べた。
私の食べ残しなんだけど!?
どうらやらアースはそういうことは気にしないらしい。
私は、気にするんだけれど。
今まで人の食べさしなんて食べたこともないだろうはずのアースは私が残した他の料理も食べてしまった。
アースは思っていたよりもたくさん食べるのだな、と私は恥ずかしい気持ちを紛れされようとどうでもいいことを考えようとした。
ほら、後ろに座っている男女のお客さんも男性の方がお皿に取り分けている。
もしかして男の人がそういうことをするのは普通のことなのかもしれない。
って、私とアースはそういうんじゃないんだけども。
あ、ちょっと待って。
後ろの2人、何だか揉めていない?
外のお客さん達の声がだんだん大きくなってきてよく聞こえないのだけど、女の人の方の必死そうな声が聞こえてくる。
「どうしてダメなのですか?」
「どうしてではありません。私はちゃんとお断りしたはずです。明日、お嬢様はちゃんと帰ってください」
「嫌です!私はあなたと一緒に行きます!」
えっと、とりあえずお嬢様と使用人の関係らしい。
酒場の雰囲気に似つかわしくない丁寧な口調の会話が聞こえてくる。
「エマ?何を見てるの?」
私が後ろの2人を見すぎたのだろう。アースはくるりと後ろを向いて私が見ている方を確認しようとした。
「あ……」
アースが微妙そうな声を出すと同時に、男の人がアースに気付いた。
「アースライ様!?」
どうやらアースの知り合いらしい。




