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お菓子


「声が出ないなんて大変ね。お医者さんにでも診てもらった方が良かったかしら?」


 宿屋の近所に住むという若い女性ミミさんは宿屋の女将さんと「でもね」と言いながら悩ましげに合意し合っていた。


「あんなヤブ医者に高い金払ってまで診てもらっても金の無駄遣いになるだけだしねえ」


 どうやら医者の評判は良くないらしい。

 私もただの疲れからくる体調不良でお医者様に診てもらうこともないと思う。医者を呼ばれなくて良かった。体調の悪さから不機嫌になってキレてしまっただし。

 声が出ないのは問題だけど、時間をおけば勝手に治っていくだろう、多分。

 どうやら私はこの2人にとてもお世話になっていたらしい。

 ミミさんは私を着替えさせてくれり、服も貸してくれたらしく、本当に感謝!

 アースの駆け落ち設定の虚言も手伝って、着の身着のまま逃げ出してきたから持ち物が不足しているのは仕方ない、という認識になってはいるのだけれども、急遽要るものをアースに買いに行かせたらしい。

 確かに準備する時間はなかったけれど、時間があっても私の持ち物は貧窮していた、という事実を説明することは出来ない。


「駆け落ちなんて素敵。ちょっと憧れちゃう。でもアースみたいなお金はあっても甘やかされて育ったバカ坊っちゃんはごめんだわ」


 そう言うミミさんに宿屋の女将さんも同意するように頷いている。


「いくらお金がある商家の坊っちゃんとはいえねー。いくらなんでもあの子は甘やかされすぎだよ」


 アースは何故か自分のことを商家の息子と説明したらしい。

 あなたも大変ね、という同情の表情で見られても私はどうしたらいいのか。

 どうでもいいのだけれども、2人の中でアースの評価がとても低いのが笑える。

 宿屋の女将さんもけっこうアースを叱ってくれたらしいのだけれども、お金は返してはもらえなかった。

 徹底したお財布別事情によって、宿屋の旦那さんが勝っても負けても女将さんには一切関係ないらしい。

 むしろ宿の客が旦那さんに賭博で負けた場合は宿代を払わないという人がいて大変なのだとか。

 そんな困った旦那さんは昨晩でアースに勝った金額の半分を既に失くしたらしく、怒った宿屋の女将さんは熱々のお風呂を入れて酔い潰れた旦那さんを熱がらせようとしたのだけれど、旦那さんは寝てしまって入ってくれなかったので、代わりに私が入らせてもらったのだけれども、入れた時より冷めていたとはいえ中々のお湯の温度だった。


 2人にはお世話になったようなのでお返しになれば、と料理長さんが鞄に入れてくれていた日持ちしなさそうなお菓子を持ってきてみたのだけれども、中々の早さでなくなっていく。

 2人共おいしい、と食べてくれるので良かった。

 こんな昼間からお菓子を食べながらお茶を飲むなんて、なんて優雅なことだろう。まあお屋敷の使用人達も時々はやっていたみたいだけれど。私以外は。

 そしてアースは今、なんと宿屋の薪割りを手伝っている。

 アースが肉体労働を!?という驚きもあるのだけれども、以外と楽しそうにアースはやっている。

 ところで主人が働いているのに使用人がゆっくりお茶をしているというのはありなのだろうか?

 ただでさえ体調崩して心配をかけているのに。というかその前にぶちキレて嫌い宣言までしているのに。

 まぁ、体調不良はアースのせいだけれども。

 ていうか私は朝からアースを平手打ちしてしまったのだった…。

 アースは怒ってない。怒ってはいないのだけれども。

 使用人としてこれはダメなんじゃない?

 そう考えていると薪割りを終えたアースが部屋の中に入ってきた。

 汗をかいているアースが男っぽくて少し格好良く見える。

 もっと軟弱そうな人だと思っていたのに。


「おや、アースお疲れ様。助かったよ。旦那は寝ちまって全く役に立たないしね」


 宿屋の女将さんに水を渡されたアースは豪快に一気に飲んだ。

 その飲み方1つ。アースがそんな風に水を飲むところなんて初めて見た。


「あなたって姿だけなら本当にイケメンなのにね」


 ミミさんは残念そうに言った。

 とりあえずアースにちょっと見惚れた、というのは普通の感覚のようだったので安心した。


「ありがとう宿屋の娘さん」


 アースはお礼を言ったけれど、そこはお礼を言うところではないのでは。

 ミミさんの名前は覚える気がないらしい。正しくは宿屋の娘ではないのだけれど、呼び方を変える気がないところがアースの残念さを増している。


「エマ、喉の調子はどう?」


 どう、と言われても、全く声が出る様子はない。

 喉に痛みはないから大したことはないと思うのだけれど。

 首を横に振るとアースは残念そうにそうか、と呟いた。

 そんな数時間で良くなると思っていたのか。


「やっぱり医者に診てもらうべきかな」


 私は首を横に振った。

 医者に今まで診てもらったことはないし、そこまでする必要はない、と思う。


「そうだ、森の魔女様のところに行ってみたら?」


 ミミさんが言うと皆首をかしげた。


「森の魔女なんて、本当にいるのかい?」


 宿屋の女将さんの言葉に、ミミさんは頷いた。


「昔、私も行ったことあるもの。すごーく綺麗な女の人で、腕も確かよ。その時は半年治らなかった湿疹がすぐ良くなったし」

「ただの噂話だと思っていたけどねえ」


 アースはその話に興味を持ったらしく、わざわざ地図を部屋にまで取りに行って居場所を聞いていた。


「でも必要のある人しか辿り着けない、とも言われているのよ」


 そう言われると私も少し気になった。

 それにしても、アースの距離が近い。汗をかいたアースの臭いが分かる距離にアースがいて、その臭いが嫌じゃないなんて…。

 アースでも汗をかくのだな、とアースをまるで同じ人間とは思っていなかったような自分がいたのを自覚した。

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