声
目が覚めると、涙が固まったせいで目が開けなかった。
体が重たい。
ここはどこだっけ。ああ、安い宿屋だった。
それにしても、私はいつ着替えてベッドの中に入ったのだろう。
体が重たくて動く気になれないので目を瞑っていると、誰かが部屋に入ってきた。
…そういえば鍵をかけたところで鍵はアースが持っているのだから意味がないのだった。
そうぼんやり考えていると、おでこに冷たいものをかけられた。
ゆっくり目を開けると、そこには見知らぬ女の人がいた。
「あら、起きた?気分はどう?」
この人は誰だろうと考えていると、アースが入ってきた。
「エマ!起きたんだね!?良かった」
心配そうに入ってこようとするアースを、女の人が入ってくるなと怒る。
「ちょっと、狭いんだから、私が出るまでちょっと待って!本当にあなたって考えなしなんだから」
「恋人の心配するのは当たり前だろう?」
「はいはい。お熱いことで。でも騒がないで。まだ熱は引いてないんだから」
女の人が出ていくと、アースが飛び込むように入ってきた。
「エマ」
アースが見たことないくらい動揺している。
というか、あの女の人は誰だろうと思って入り口の方を見ていると、宿屋の女将さんが来たのが見えた。
「起きたんだって?まだ調子はよく無さそうでだね?とりあえず水持ってきたからさ、アース、飲ませてやんな」
宿屋の女将さんはコップの水をアースに渡した。
「アース、何か食べれそうなら下に取りに来な。スープはあるからさ」
宿屋の女将さんはそう言うと出て行った。
アースは私の体を起こして支えてくれた。体を動かすとくらっとめまいがした。
「エマ、飲める?」
アースに支えてもらいながら水を飲む。喉が乾いていたのにゆっくりしか飲めなかった。
水を飲むと少しすっきりしたような気がした。
水を飲んで横になると、すぐに睡魔に襲われた。
「また眠るといいよ」
アースの声が優しく聞こえて変だ。
おでこに何かの感触を感じたけれど、目は開けれなかった。
「エマ、ごめんね」
そうアースが言った気がした。
というか、あれはおでこにキスされたのでは!?
と思いながら目が覚めて、体を起こした。少しめまいはしたけど大分良さそうだ。
隣のベッドでアースが寝ている。
汗をかいて気持ち悪いと服を見ると、いつの間にか知らない服を着ている。
えっと、とりあえず自分で着替えた記憶はないし、そもそもこの服はどうしたんだろう?
と考えていると、アースが起きた。私が起きているのを見てすごい勢いで体を起こしてきた。
「エマ!?熱はどう?下がった?」
アースはそう言っておでこにおでこを付けてきた。
近い!顔が赤くなる!
「熱は大分下がってるみたいだね。良かった。あれ?エマ、顔が赤いけど、大丈夫?」
アース、それは天然でやってるの??
アースが若干笑っているように見える。もしかして分かっててやってるこの人?
アースが私の顔を触ろうとしてきたので「止めて」と言うつもりで強めに払いのけた。でも声は出なかった。
「エマ……怒っているんだね」
アースがショックを受けたような顔をしている。
確かに私はアースのことを嫌い宣言したような気がする。手を払いのけたのも無意識に怒りが出てしまったのだろう。
でも、今の私はそれどころではなかった。
口を開けても、今まですんなり出てきていたはずの声が、出ない。
あれ?声って、どうやって出すんだっけ?
喉に手を当てて口をパクパクしていると、アースも私の異変に気付いたらしい。
「エマ、もしかして声が出ないの?」
私が頷くとアースは真剣な顔をして私のおでこに手を当ててきた。
いや、熱はさっきおでこで測られたはずなんだけれども。
そのままアースの手は目と頬と首へと下がってきた。
このまま触られるのは良くない、と私の本能が言っている。手を払い退けるとパシっといい音がした。
アースは痛そうに手を振りながらぼそっと、ダメか、と言ったような気がした。
私が声が出なくてショックを受けているのに、この人はふざけてるの?
ついアースを睨むと、アースはニコッと微笑みかけてきた。
その笑顔にドキッとしてしまう自分が嫌になる。
「大丈夫だよ、エマ。僕が直してあげるよ」
アースはそう言うと私の頬にキスしてきた。
キャーと心の中て悲鳴を上げた。声は出なかった。
パシッと私の手がアースの頬を叩いた。
叩かれたアースはその勢いで顔が横を向いていたのだけれども、ゆっくりと戻してきたその顔、その目は怒るどころか楽しそうに見えた。
「エマ」
アースは私の右手を持って自分の頬に当ててきた。
「殴るなら痛くないと意味がないよ。もう1回叩いてごらん」
この人は何を言ってるの!?
もう1度殴れって??
バシッと私はまたアースを平手打ちした。
さっきよりも痛いはずだ。というか私の手が痛い。
アースの目の楽しそうな様子は変わらない。
「随分とかわいい平手打ちだね」
アースの言葉にぞっとした。
アースにはそういう趣味があるわけ…?
「何か言いたそうだね、エマ。はっきり言ってくれないと分からないよ」
アースに言い返したいのに、声が出ない。
歯を食いしばって目に涙を溜める私を、アースは目を細めて見てきた。
「エマ、かわ」
「アース、起きてんのかい?ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけどさ」
その時、宿屋の女将さんが部屋の扉を勝手に開けてきた。
どうやらアースは部屋の鍵をかけ忘れていたらしい。不用心な。
宿屋の女将さんの行動は普段なら絶対許せないけれど、今は助かった、と思った。
「おや、朝からお熱いこって。暇ならちょっとこっちを手伝っておくれ」
私達を見ても遠慮のない宿屋の女将さんはすぐいなくなった。




