真夜中の客人
ザラが私を起こしにきたのは真夜中だった。
坊っちゃん達の嫌がらせの片付けをしていてやっとベッドの中に入れたと思ったらこれだ。
私の年が近いから声をかけやすいのは分かる。
まだ入ったばかりのザラは18才だっただろうか。
このお屋敷で4年働いている私よりも1才年上だ。
すぐに人が辞めるこのお屋敷では4年でもベテランの中に入るのだが、先輩風を吹かせることはできなさそうだ。
いつもの通り、下っぱ面倒処理班のように起きるしかなかった。
ザラは混乱した様子で、何を言いたいのか分からなかった。連発される名前から嫌な予感しかなかったけれど、言われたところへ行くしかなかった。
夕方から降ってきた雨は、まだ雨足を弱めることはなく降っていた。
ザラが持っていたランプをそのまま借りて、暗い廊下を庭の方に急ぐ。
寝巻きの上に何か羽織ってくればよかっただろうか。
でもどうせ濡れてしまうなら乾かす物は少ない方がいい。
この寝巻きが濡れてしまったとして、代わりの服はあっただろうか。
ないことは分かっているのに、どうして私はこんなことを考えてしまったのだろう。
2枚あったはずの寝巻きの1枚はこの前坊っちゃん達悪魔の手によって見るも無惨な状態にされたじゃないか。
思い出して少し泣きそうになりながら庭の東屋目指して走る。
思ったよりも服が濡れてしまった。やっぱり何かもう1枚羽織ってきたらよかった。
東屋にはアースライ様が全身ずぶ濡れで疲れた様子で座っていた。
姿だけならイケメンなのに。
一瞬、アースライ様の姿に見とれそうになったけれど、坊っちゃん達の悪友であることが思い出されて気持ちがすぐに冷める。
「アースライ様?」
こんな時間に訪ねて来るなんてなんて非常識な客人か。どうせいつもの使用人イジメかと思うと声に苛立ちが入ってしまう。
アースライ様は私の声が聞こえていないかのように無反応だ。
「アースライ様?風邪を引いてしまいます。早く中へ」
肩に手をかけようとすると、逆にアースライ様に手首を掴まれた。
アースライ様は私の手首を掴んだままゆっくりと顔を向けてきて、にっこりと笑んだ。
本当に顔だけならイケメンなのに!性格が悪魔であると知らなかったら惚れてしまいそうな笑みだ。
「エマ」
アースライ様の掴んでくる力が思ったよりも強い。振り払おうと思っても私の力では微動だにしなかった。
早くこの手を離してもらわなければ!私の中の何かが危険信号を出している。
雨で濡れたアースライ様から醸し出されるこの異様な雰囲気は何?もしかしたらこれが色気というものなのか。
今まで色仕掛けの嫌がらせはなかったはずなのに!
どうしてアースライ様はそんな顔で私のことを見てくるの?
私がどうしようもできずにいると、アースライ様は私の手を口元にもっていき、手の甲にキスしてきた。
驚き過ぎて何をされたのか理解ができない。しかもアースライ様はなかなか手の甲から唇を離さない。
これは何!?こんな嫌がらせに屈してはダメよ、エマ!しっかりして。きっと私を驚かそうとして遊ばれているだけ。人の嫌がることをすることこそこの人達の生き甲斐なんだから。
でもこの状態はいつまで続くの?もしかしてアースライ様は寝てしまったのではないだろうか。そう思って手を離してもらおうと引っ張っても離してもらえなかった。
アースライ様はゆっくりと私の手の甲から唇を離すと、私の目をじっと見てきた。
こんなことをされたのは初めてで、ものすごく動揺していたけれど、見た目には普通を装っていた。
きっと誰かと私を間違われているに違いない。
私のその予想を裏切るように、アースライ様は口を開いた。
「君に、会いに来たんだ、エマ」
この人は何を言っているの?
私は騙されない!今まで何人の人がアースライ様に騙されてきたことか。家柄ばかりか顔もいいのでこの人はおもてになるのかもしれないけれど、いったい何人にそんな軽口を言ってきたことか。
そう思うと心が冷めてきた。
そうだ。確かに私は男慣れしていないかもしれないけれど、この人に軽口を言われて喜べないほどに嫌な思いを散々させられてきた。
「アースライ様、とりあえず中へ行きませんか?風邪を引いてしまいますよ」
冷静なつもりではあったのだけれど、思ったより声が震えてしまった。
本当は叫び出してしまいたい。
「エマ、僕と一緒になってくれないか」
本当にやめて!




