婚約破棄がしたいんです
*****お嬢様視点*****
さてと、本日も情報収集のお時間です。
自室に戻ると、戸棚を開き、中のものを取り出す。ここ一年ほどをかけて、集めに集めた証拠の数々。
「アホだな。あいつ」
ぼそりとそれを眺めて言えば、控えていた侍女がゴホンと咳払いをした。
「おほほほほ」
思い切り誤魔化して笑っておく。
「お嬢様、それでどうされるのですか?」
証拠物件の数々を見て、侍女が問いかけてくる。実際、これだけ証拠が固まり、裏もしっかり取れていれば、廃嫡はおろか断頭台にも上げられるだろう。
しかし、私の予定は違う。
「まずは、家に迷惑かからない程度に根回しして、あの方々が狙ってる私を吊し上げる時を粛々と待つ予定かしら」
そう。私には夢がある。うっかり前世の記憶とか蘇っちゃった時点で王妃なんぞはなから予定外だ。
頭も尻も軽そうで、かつ、野望だけは身の丈以上という素晴らしき逸材を見付けたときから、私は心に決めたのだ。そうだ王妃の座はこいつに譲ろうと。
本当に、本当に大変だった。
あのぼんくら好みの仕種や言動を教え込むことがっ。
徹夜仕事になるとは思わなかった。しかも数日どころじゃなく頑張った。
こんだけがんばってあのぼんくら一人落とせないようなやつだったら、どこかで何かをしでかしちゃいそうだったが、なにかをしでかす前にどうにかなった。
頻りにさすがゲーム補正とか言っていた気がするが、まあ、そう言うゲームもあったのかも知れない。私は知らないから関係ないが。
「お嬢様?」
これだけ証拠が揃っているのに、どうして罰を受けそうな状況まで放っておくのかと、侍女としては捨て置けないとばかりにじっと見詰められた。
考えてみれば、私がお嬢様の肩書きを返上して、市井に紛れて逃げたとしたら、この子に迷惑が掛かるかも知れないのか。
「分かった。お前の結婚相手はしっかりと決めて上げる。私が居なくなっても盤石にするわ」
きちんとした身分の、それなりに発言力の強い、かつ、裏にもそれなりに精通してて、保身も図れる逸材を探し出すくらい、これだけの証拠があれば、引き出すのは容易だ。
「何の話しですか?」
侍女が可愛く首を傾げながら、不審そうな目を向けるという実に器用なことをしている。
「いや、ほら、私は確実にここに居づらくなるし、そうすればお前も職を失うことになるから、それを心配しているのでしょう。大丈夫。このほかにも色々とあるから、ちょっとお話し合いをすれば、好物件なんていくらでも引き出せると思うのよ」
身の振りは、確かに重要だ。侍女が不安になっても仕方ない。職でも、旦那でも、斡旋して見せようじゃないか。
「お嬢様」
侍女は深い深い溜息を吐くと、半眼で私を睨む。おや、なんだかお怒りモード? なにかまずいことを言っただろうか?
いや、どう考えても、正論しか言ってないな。
「まず、自己保身を図るって頭はないのですか?」
言葉が崩れているな。らしくない。うちの侍女は、私の奇行にも耐え抜いた精鋭だというのに。
「体良く追い出されて、後は、情報を元手にして、どこかでのんびり隠居暮らしする予定だから」
殺されない程度の情報を吟味するのも大変だな。いっそ、王様に今回の事は目をつぶるから隠居させてくれと、裏取引でもするか。頭押さえる方が楽ではあるよな。大半の貴族の大なり小なりのスキャンダルは押さえてある。それを王様に売っぱらったほうが、保身も出来るか。
「私をお供に連れて行くというのは?」
自身の身の安全を考慮しつつ、情報の売り払い方を吟味していると、侍女にしては珍しく、下手に出た言い方をしてくる。
別にこのままこのお屋敷に居たって問題は無いと思うんだけどな。私に付いてくる利点とか、あるか? いや、ないな。
「却下。私は自分の身を守れる程度にはなったけれど、普通の女性としての戦闘力しか無いお前を守ることは出来ないから」
私一人であれば、最悪死んでも仕方が無いと諦めも付くが、さすがに破滅込みで他人を巻き込む気概はない。
「まず、そういうことにならない手段をどうして考えないんですか?」
じと目でこちらを見てくる侍女に、しばし考え込む振りをした。
さすがに即答するのはまずいかと思った。いや、考えた振りなので、いつでも心は変わっていないので、意味は無い。
「貴族が面倒。でも働きたくない」
まあ結局の所口にすれば、にべもなく言い切ることになる。侍女は、まるで糸が切れたみたいにがっくりと項垂れた。
なにげにパフォーマンスが多彩なんだよな。この侍女。
「お嬢様。自分の身くらい自分で守るとお約束しますから」
なんだ。どうしてそんなに私と一緒に居ることに固執するんだ? え、なに。恋とかそう言うやつ? 他人の趣味をどうこう言うつもりは無いけど、私はちょっとそう言う方向は。
「いや。一人の方が身軽で行動も楽なんだよね。お前が嫌とかそう言う問題じゃなく。だいたい、女二人連れとか、拐かしてくれとか言ってるようなもんじゃない」
さすがに私にしては珍しい正論に、侍女がぐっと言葉を詰まらせた。
私一人なら、男装でもして誤魔化せるが、侍女は無理だ。胸囲的な意味で。いや、別に羨んでなんかないし。胸はあれはあるなりに苦労があるんだよ。本当だよ。身体的には、ない方が楽だし。負け惜しみなんかじゃないよ。
「隠居というなら、どこかに屋敷を用意されるのでしょう。お嬢様一人でなんとかできるのですか?」
なかなか痛いところを突いてくる。
前の生活を思い浮かべても、私は掃除とかそう言う家事全般が壊滅的だった。食事とか、聞いてはいけない。お前はもれなくなんでも炭に出来る天才だなと言うのが評価だ。
「お嬢様?」
「だって、この国は出ることになるし、屋敷って程大きな家を持つ気もないし、通いでも雇えば良いかなって」
諦めて予定を口にすれば、侍女は更に責めるように私を見た。
なら、自分を連れて行けと、その目がなによりも雄弁に物語っている。
生活能力皆無の令嬢が一人でどうやって生きていくつもりなのかと聞かれると、とても困る。反論が出来ないから。だからぐーたら暮らせる環境をもぎ取ろうと、頑張ってるんだけど。
それを理解して貰おうとは思っていない。私の考えがこの世界でとても異端だと言うことは分かっている。
「でしたら、私を連れて行っても問題ないですね」
勝ち誇ったようにいう侍女が、私は心底不思議でならない。
「逆になんで私に付いてきたいの?」
私と一緒に来たところで、良縁があるわけでなし、むしろ朽ち果てていくの方向にまっしぐらだ。私は面白可笑しく暮らしたいが、享楽的に生きたいわけでも無いという微妙なラインの落としどころを探しているだけだし。
「一人にするとどこかで儚くなって居られそうで」
随分と言葉を濁したが、まあ、有り体に言って野垂れ死にそうだと言うことか。否定しきれない。
「じゃあ、貴女一人くらいは連れて行けそうな感じで調整するわ」
まあ、そんな上手い具合に女二人でとか無理なので、きっとお屋敷一つくらいの規模にするしかないんだよな。
面倒臭いな。雇用。
お屋敷ってなると維持にもお金が掛かるし、やっぱり、結婚は視野に入れないとダメなのか。
商家になれるとか、そんなバカなことは考える気もないし。いや、正直、商売とか手を出したら、失敗するって分かってる。商才とか皆無。先物取引とか、自滅する。
自力で稼ぐ手段とかないので、色んな所からひったくるだけひったくって、悠々自適に暮らしたいだけなんだけどなぁ。
上手く行かない。
あ。あと、私、人を見る目がないのも自負してるので、誰かを雇ってとかも無理。
「とりあえず、王様とお話ししてこようかしら」
屋敷を用意して貰って、楽隠居の計画なら、王様に直談判が早いよね。
私がそんなことを考えている横で、侍女がこっそりと、ほっとした息を吐いていた。
*****侍女(?)視点*****
うちのお嬢様は結構変わっていた。
なにより一番変わっていたのは、生まれ落ちた瞬間から、男性を拒絶していたことだろうか。
使用人はおろか、旦那様すら近寄らせない徹底ぶりだった。
男性が近寄らなければ大人しいため、お嬢様の周りは必然女性で固められていたが、物心が付いてくると、見た目に惑わされるらしく、乳飲み子の頃よりマシになった。
ちなみに旦那様は血の滲むような努力の結果、男性という括りから、家族という括りに変更することに成功した。
その時の旦那様の喜びようといったら、人にはご覧に入れられないほどだったので、屋敷で箝口令が敷かれている。
しかし、そんな男が全般的にダメなお嬢様でも、婚約者は決まるし、護衛も必要だ。
「そんな事情もあり、お前に決まった」
決定事項として聞かされた。元より逃れる術も無かったのだが、なにより、お嬢様は、女装が似合っていればそこそこ騙されてくれるのだと言うことが分かったのが、運の尽きだった。
線の細い、面立ちの優しい人間は軒並み餌食となり、ただいま屋敷のお嬢様の周りに居る侍女の性別は推して知るべし。
その中でも、お嬢様付きの侍女をどうするかという話でこれなわけだ。
男性拒絶を緩和するためにも侍従で良いのではないかと進言したいところだが、目が怖すぎて言い出せなかった。
旦那様と言うより、既に毒牙に掛かった方の、お前だけ無事で済まそうと思うなと言う無言の圧が。
そんなわけで、もう一人、性別不明の侍女が増えたわけだが、これがまた、どこが気に入ったのか、お嬢様は、性別不明の侍女の中で誰よりも私に懐いたのだ。
お陰様で、それはもう徹底的に女性の立ち居振る舞いをたたき込まれた。
それでも、侍女であれば、愛らしいお嬢様の笑顔が見られると言うこともあり、自分の中の倫理観と、お嬢様の笑顔を秤に掛けて、負ける者も年々増えていった。
そんなお嬢様にも、婚約者が決まり、それがまた線の細い綺麗な顔立ちだったため、お嬢様は、旦那様が懸念するほどの拒絶は見せなかった。
そのため、皆安心していたのだ。このままお嬢様はお嫁に行かれるのだと。
しかし、流行病に倒れたお嬢様は、目が覚めた瞬間から、どこか変になっていた。
あれ程拒絶していた男性に恐れを為すことがなくなり、逆に婚約者を疎むようになったのだ。
いや、疎むようになったのは、仕方ないのではないかという意見も多々ある。婚約者は見目こそ良いものの、色々と残念だったので。
旦那様には、婚約者の選定を任せてはならないという暗黙の了解が生まれ、嫡男様の婚約者は奥様が見付けてこられた。
「お嬢様」
いつものように呼びかければ、だらしなくこちらに顔を向けられる。淑女教育は上手く行っていたはずだったが、あの日以降、お嬢様はどうにも淑女教育を忘れることが多くなった。
「なに?」
「それはこちらの質問です」
お嬢様の机の上には、これでもかと紙が散乱している。
しかも、だらしなく椅子に座り、ペンを片手に唸っているのだから、マナーを教えた教師が見たら卒倒ものだ。
「あー、うん」
自身の姿と惨状を見回し、足だけはこっそりと揃えると、照れくさそうにお嬢様は笑った。
笑って誤魔化す気満々だ。いや、笑って誤魔化される者が多いのも問題なのだが。
「色々と考えたのだけれどもね。私に王妃は勤まらないと思うの」
照れくさそうに言うが、それとこの惨状は結びつかない。どういうつもりなのかと、答えを待っていると、言わなくちゃダメ? とでも言うように上目遣いで見てくる。
甘やかしてはダメだと、何も言わずに見詰めていれば、観念したようにお嬢様は続けた。
「だから、その時のために、色々と情報を集めようと思って」
一番上にある一枚を見てみれば、情報などという可愛いものでは無いことは明白だ。はっきり言って、脅迫する気なのかとも思ったが、お嬢様は真面目に、何かがあったときのための保険として情報を集めているつもりらしい。
その程度でお嬢様が安心できるというのであれば良いかと、放置したのがそもそもの間違いだった。
王妃は向いていないと言った言葉が、実に控えめだったのだ。
まさか、なりたくないだとは思っていなかったため、使用人一同対処が遅れた。気が付いたときには、お嬢様は、自分の身代わりになる人間を仕立て上げ、見事に自身の婚約者にあてがったのだ。
そこからは何故かお嬢様の悪評が立ち始めた。まさかお嬢様自身がとも思ったが、それはさすがに家のこともあるためやっていないと、真剣に言われた。
「だから、保険だって言ったでしょう」
実に鼻高々と言った風に笑って、お嬢様はこっそりと集め続けた情報の山を指さした。
ここまで来てしまえば、お嬢様に先見の明があったと言わざるを得ないだろう。
しかも、一体何処に伝があったのか、こっそりと引き抜いた情報がかなり正確なのだ。これをバラされたら困るのは、たぶん王宮だろう。
お嬢様の計画を聞きつつ、情報を王族に持って行くように、意識操作をする。
危うく嫁ぎ先の斡旋をされそうになって焦ったが、それもなんとか回避した。だいたい、ここの侍女で嫁ぎ先を斡旋されなければならないような人間は、ほぼいない。奥様が早々に嫁ぎ先を斡旋してしまっているし、他の人間は嫁がない。
口説かれて、そろそろ闇に葬っても良いだろうかと、物騒な話をしているのは、何名か居るが。それは、さすがにお嬢様も知らないだろう。
「お屋敷一つとか、管理が面倒よね」
そんなことを言いながら、お嬢様は王宮に上がるために手紙をしたため始めた。
とりあえずの危機は脱したが、果たしてこのまま上手く行くのかは疑問だ。
なんと言っても、この、お嬢様の情報は、断片をかき集めた上での予測なのだ。この才能を放置するとは思えない。
いや、むしろ、お嬢様をお屋敷に閉じ込めて、たまに情報を精査させる方が楽と取るか。
どちらにしても、なんとか着いて行く権利はもぎ取ったので、後は追々考えれば良いだろう。
そっと部屋を辞して、歩き出す足が軽い。
「これでやっと、この格好から解放されるかしら。だいたいそろそろ無理でしょう」
既に成人している者は良いとして、私はそろそろ体型的にも無理が出てきた。お嬢様言うところの楽隠居が決まったら、仲間と一緒に引っ込むのはとても良い考えだと思った。
そろそろ性別不詳からは脱したいと、きっと誰もが思っていることだろうし。
なにより、本当に闇に葬られる者が出る前にどうにかした方がいいと思う。




