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夜襲――そして王へ

あと千字では終わりそうにないですw 前半はしょって書いている所が多いのでお恥ずかしい限りです。

「魔物を解き放ちます」

 腕を伸ばし、メデゥが静かに、しかし敢然と宣言する。

 真夜中。帝国の陣は夜警こそ居るが大群ではない。

 魔物は大小取り交ぜて二千。

 陣と呼べるのかは分からない馬車の前に千人の傭兵が居並ぶ。

 血に飢え、殺気だけで圧倒されそうだった。

 武装は剣、槍、鉾、いずれも並みの得物には見えない。

 背後からの夜襲は考えていなかっただろう。

 陣の作りが違う。

 馬が食われ引き裂かれ最初の饗宴を迎えた。

 悲鳴に飛び出してきた兵が次の餌食に成る。

 兵は総勢六千、というのがメデゥの情報だった。

 足りるのか?

 ギャリィにはまだ信じられない。

 小物だと思っていた魔物が体躯を巨大化させる。巨人の蹴りがあっけなく陣の外壁を蹴り砕く。吹き飛ばす。蹂躙する。

 悲鳴が増えるほどに魔物は巨大化し、あるいは素早くなり、あるいは牙を増やし、異形に変わっていく。

「真夜中ですからね。それに、喰えば喰うほど力を得ます」

 メデゥが愉しむようにそう告げる。

 目の前の饗宴に耐えかねた傭兵が、

「殺させろ。突撃はまだか」

 口々に呪詛のように殺したいと叫ぶ。

「処分をどうするのかしら。こんなの」

 カミリィが呟く。

「危なくて檻に入れとくしかないわね」

 確かに正規兵には入隊させられない。ギャリィも思う。

 指輪を嵌めてから、王たるべき者の知識が雪崩を打って流れ込んできている。

 何度限界だと言おうと思ったか。

「つらい?」

 カミリィが頭を抑えているギャリィに言う。

「諦める積りはない」

「そう。しっかりして。辛くても仕方がないの。王になるんだから」

 ギャリィの頭を挟むように両手で抱えて、カミリィは唇を塞いだ。


 夜襲は予想よりずっと早く終わった。

 朝日が昇る前に相手は全滅していた。

「凱旋しましょう。王様」メデゥが言う。

「まだだ。まだ先の話だ」

「そう呼んだ方が気分が出るでしょ」

「そういうもんか」

 ギャリィは一人、城門の前に馬を走らせた。

「助けを求めたのは確かに聞こえた! 救援に来た! 開門されたい!」

 腹の底から声を出して、城壁の上に立つ見張りに聞こえるほどに叫んだ。

 魔物も猛り狂う傭兵も後ろに見える筈だ。

 見張りが踵を返す。報告に向かったようだった。

 ほどなく、重い音を立てて城門がゆっくりと地に向けて倒れてくる。

 護衛は数十騎。

 魔法使いらしい者も数十。

 怪しければ消し炭にされる。

 ギャリィは深く息を吸う。

「僭越ではあるが女王陛下との拝謁を許されたい! 我らは一兵たりとも残さず敵を平らげた! どうか拝謁を許されたい!」

 叫んだ。この先、徐々に信用を得て、などという迂遠な方法は取る気はない。

「……ここに居ます!」

 高く声が響いた。

 兵が左右に散る。

「……あ」

 思わず間抜けな声を出したが、ちょこん、という印象だった。

 ドレスこそ立派だがまだ少女だ。清廉な瞳。青い瞳といいドレスといい清く、美麗だった。大人びたところはある。背も手足も長い。どこか縮こまっている印象があった。

「此度の救援、感謝致します。最後の手段を使ったことは非礼お詫び致します」

 女王が深く礼をする。

「お耳に入れたい事が。失礼をお詫びします」

 目を見詰めたまま顔を近づけた。ここを失敗するわけには行かない。

「俺が、お前の王だ。これは、内緒だ」

 囁いた。

 さすがに抵抗力があるのか、びくん、と身体が動いた。

「……し、承知、しました」

 少女は礼をするとギャリィの次の言葉を待つように静かに微笑んだ。

 次の瞬間、発狂しそうになったのはギャリィだった。

 魔法が、海が落ちて来たかのように頭を浸す。

 こんなに覚えるのか。死ぬ。

 崩れ落ちたギャリィを、

「宮殿に運びなさい!」

 と少女は命じた。

 端整な顔に、決意を込めて。

 女王の風格を露わにして。


「僭主になろうっていうわけ?」

 秘密裏に王の王になろうというわけだ。

 ギャリィが医師、魔法使い、有象無象から解放されたのは半日後だった。

 静かな声で起きた。カミリィだった。

 豪華な部屋に二人きりだった。カミリィはシルクの艶のある緋色の椅子に座っていた。

 ギャリィは王に相応しく装飾の多い、土台は大理石、羽毛をシルクで包んだ敷物を幾重にも重ねたこれも緋色のベッドに寝かされていた。

 相応に高位の客室か、王そのものの部屋だった。

 調度品も絵から始まりギャリィが興奮しそうな高価なものしかない。

「僭主だ。ま、まずはな」

 鼻と耳から血を噴き出していた、とは既に誰かに聞いていた。

 頭痛で気が狂いそうなのは変わらない。

 身体を起こすのも限界だった。

「副作用は?」

「言ったら軽蔑されるぞ」

「今さら何よ」

「色欲だ。メデゥはどこで何をしてる?」

「その、私は別に嫌じゃないのよ? ダメなの? メデゥは魔法障壁から入って来てる魔物退治を買って出てるわよ。呼んで来る?」

「女王を。元女王をってこいつが」

 王の指輪を掲げて見せた。

「あんな清純そうな子と? 変態指輪。ねえ、指輪のせいにしてない? 本当は自分でそう思ってるんじゃない? だって物凄く美人だもの」

「俺がそんな趣味に見えるか?」

「それ嵌めて見た事ないもの。実際どう感じるかなんて伝聞にもないわ」

 いや、とカミリィは知識を総動員する。うまくやらないと破滅する。

 そう聞いた事はあった。

「器が足りないと壊れるってあったわね」

「なんだ? それは」

「何でもない。気にしないで。ねえ、私を――その、後宮に入れて貰える? 側女でいいの。一緒に居てもおかしくないように」

「正妻でもいいだろう。まだ時期は早いけどな」

「だからそれまで」

 いずれ都市を立て直せば正妻候補も後宮も――王の考え次第だけれど――溢れるくらいに集まって来るだろう。都市の民衆もまだギャリィを英雄だと祭り上げているわけでもない。

 今はまだ英雄だけれど。これまでの秩序に対しては異物であることに変わりはない。

 当分、隠れて生きるのも手かも知れない。王の目を毎日何度も行使できるように成るまでは。一体何人を相手にしなければいけないのか。

「どうした? 溜息ばっかりついて」

「後宮の件はよろしくね。しばらく付きっ切りでいるから、安心して。王様」

 メデゥは魔物を片付けたら、もう要らない。

 後宮に引っ込んでもらう。さもなければ消す。

 下手に野望を持たれては困る。欲望の限りを尽くしたあの異常な建物で常軌を逸しているのは知れている。下手をすればこの都市を魔都と変貌させかねない。

「で、こっそり王女を連れて来ればいいの? 変態王」

「今なにか出来るとは思えない。死にそうだ」

「日に一度はこの部屋に通うように言っておくわ。あなたの王に一度は顔を見せなさいって」

「頼れるな。カミリィ」

「ありがとう」


 都市外部から入り込んでいた魔物は全て処分した。魔法障壁の復活は、感動したように眺めている魔法使いたちに丁重にお願いする。

「で、弟子に!」

 可愛い娘。いいでしょう。

「いつでもいいわよ」

 メデゥはこの上もなく嬉しそうに微笑む。

「魔法会館に部屋を頂けるかしら」

「はい。すぐに掛け合います」

「よろしくね」

 なによりも実績。名声。入り込んでいた小さな綿毛のような魔物を指先で潰す。

 僭主の一人くらいねえ。こんなものよね。

 熱情は王に奪われたようだった。ギャリィを殺すと思うと胸が真剣に痛む。

 それくらいは乗り越えないと私に陽が当たる事なんかないわ。

 カミリィから先に? それも手ね。どうせろくでもない事を考えているんでしょうから。

 王の指輪。予想外だった。

 それさえ手に入れれば、大仰な事をしなくても民衆の心は掌握できるでしょう。

 そして流行り病のように。私への熱望を街に広げる。

 魔法使いの半数は既に手に入れたようなものだ。

 熱狂的なのは五人。刺客に仕立て上げましょう。


「気配。一人」

 豪奢な部屋の窓辺に座っていたカミリィが何気なく言う。

「ギャリィ。起きて。お客様よ」

 起きて、というか。こっちに注意を向けろ、だ。

 僭主ギャリィは魔法使いを三人も、それも美麗な娘ばかりを選んで身体を清めさせていた。日課ではある。体調を整え、頭痛を癒し、あれこれとギャリィの言うがままに従う。

 半裸の者。全裸の者。蕩けそうな顔の者。王の目を使えば永久の従属さえ手に入る。

 風呂でやればいいものを、わざわざ防水のシートを敷いてベッドから動かず戯れていた。

 ――夢は叶った? ギャリィ。

 すっかり溜息が癖に成った。カミリィは長剣の柄に手をやると、集中する。

 後宮第一位にして護衛の魔法剣士。その立場は作り上げて貰った。

 メディは魔法会館のどこかに隠れた。

 会館そのものを改めれば見つけるのは容易いが、メデゥに心酔し飼われ禁呪で人形のようにかわいがられているだろう数名を含め、立ち入り検査には抗うのが魔法使いだ。

「ん? 敵か?」

 緊張感のないギャリィの声。アホ面をしているのだろう。

「そこで泡に塗れてる娘たちの一人に加える?」

「……悪くないな。最初は抵抗させようか」

 乗って来るとは思わなかった。

「治ったと思ったらこれだから」

 ギャリィの悪癖が首をもたげて来ていた。カミリィの溜息は止まらない。

「よく警備を抜けて来たな」

「かなり高位の魔法使いよ。普通は見えないわ」

 微かな石の床の軋み。それを聞きつけた。聴覚も視覚もカミリィは最高度まで上げてある。

 見張り。それに徹した。

「ほらよ」

 ギャリィが意外な正確さで泡の入った桶を投げた。人の気配のない場所で泡をまき散らす。『隠蔽』を自分にかけていた侵入者のシルエットが浮かび上がる。

 ギャリィも魔法は王のレベルで習得している。実力だけならカミリィより上だろう。

 使い方をまだ心得ていないだけだ。

「『詠唱禁止』。うふ」

 ベッドに横たわる魔法使いが侵入者に向けて魔法を詠唱する。

 そう。ただ遊んでいるだけではない。この部屋の防御を確約させた三人だ。

 そうでなければ追い出している。

 戯れに長け淫蕩であり胸も尻も含め美しいというだけ、だ。

「『停止』」もう一人が詠唱する。

 もう侵入者は歩けない。

「どうする? 死ぬ?」

 必殺の位置に歩を進め、泡の塊に向けてカミリィは剣を向ける。これでも王宮警護の上位には居た事がある。

「混乱してるみたいね。随分と弱い刺客だこと。偵察の積りだったのかしら?」

 三人がくすくすと笑う。

「じゃあ遊んであげるわ。『誘惑』。『停止解除』。どうせだから透明なままいらっしゃい。見えない娘に声を上げさせるのも楽しそうじゃない。どんな声かしら」

 自分と戦っているのだろう。見えない侵入者は抗うように立ち止まってから、ぺたぺたと泡の跡を床に付けてベッドに向かった。

「まだ残党が居ないとは限らない。油断だけはしないで」

 カミリィはそう命じると定位置、窓辺の席に戻る。

「はーい。カミリィ隊長も混ざったら如何ですか?」

「……憂いが無くなったら、考えさせて貰うわ」

 含み笑いの後、「『性感増幅』」と禁呪が詠唱される。

「ほら透明さん、ここが胸?」

「あ、あっ」

「じゃ私は下ね」

「いやっ、ああああっ」

 まだ遊びに過ぎないだろう。もう一人、信用できる人物が欲しい。不寝番は二日が限界だ。

 今晩あたり。嫌な予感がする。

 カミリィは小さなテーブルに肘をついて、紅茶を飲む。眠い。このままでは持たない。

 泡塗れの三人に任せて眠れるだろうか。朝と言わず夜中と言わず戯れ続ける力だけはあるようだが。

「ねえ、仮眠しても大丈夫? 我を忘れてその娘に集中しない?」

「隊長、任せて下さい。そのために居るんですよ、私達」

「本当なら心強いわね。奥で寝かせて貰うわ」

 本当なものか。ギャリィに何かあったら鞭打ちくらいじゃ済まないわよ。

「少しは俺の? 暗殺計画を知ってるだろう。聞き出しておく」

「ギャリィも夢中にならないでね」

 ただの囮で、この娘に何か仕掛けがあることだって考えられる。

「ギャリィ。全部自白させてからね。入れるのは」

「どういうことだ?」

「毒だって入れられるのよ。女の秘所には。抱いたら発動する呪いだってかけられるわ」

「なるほどな。お前ほど機転が利かない。おい。こいつの全身をくまなく探れ」

「喜んで!」

 三人が透明の娘に襲い掛かるのを見てから、奥の部屋で広いテーブルに身体を伏せた。

 幾つも置いてある幅の大きすぎるベッド。ソファー。どこで眠っても寝過ごしてしまうだろう。

 個室も整備されるはずだ。後宮らしくなるだろう。まだ好き放題をするだけの部屋だ。これでも用は足りるけれども。


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