表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

千夏・一

 母はもともと、絵に描いたような良き母親でした。


 うちは割と裕福な家庭で、専業主婦の母は一人娘の私にたっぷりと手をかける余裕があったのだと思います。洋服を手作りしてくれたり、料理には有機野菜しか使わなかったり、習い事もたくさん……とにかく子育てに手を抜かない人でした。

 父は仕事で忙しかったので、愛情が私に集中しちゃったんでしょうね。お金も手間も惜しみなくかけて、私を育ててくれました。


 父と母が離婚したのは私が六歳の時でした。原因は父の浮気です。家も財産も全部母に残して、父はその女の人の所に行ってしまいました。ええ、母は包み隠さずに、子供の私に話してくれたの。

 お父さんはお母さんと千夏ちかを裏切ったのよ、って、母は私を抱き締めて泣いていました。あんなお父さんなんかいなくても、千夏はお母さんと一緒に生きていこうね。千夏には絶対に辛い思いをさせないから……そんなふうに繰り返していて。

 私は事態がよく飲み込めてませんでしたけど、あまり家にいない父に対してさほど執着はなくて、母がいてくれるならいいやと思ってました。その頃、母は私の世界そのものだったんです。

 両親の間でどんな取り決めがあったのか、私が父と会うことはありませんでした。養育費はきちんと振り込まれていたようです。実家からの援助もあって、母と私はあまり変わらない生活を続けることができました。恵まれてますよね。


 離婚をきっかけに、母はますます私を溺愛するようになりました。

 千夏さえいてくれたらお母さんは他に何もいらないわ、っていうのが母の口癖でした。そうですね、母親だったら当然の気持ちだと思います。でも母の場合は、私への愛情イコール父への失望だったんじゃないかな。千夏はお母さんを裏切らないでね、変な男に騙されちゃ駄目よ……なんてことをよく言ってました。たぶん自分の失敗を繰り返させたくなかったんだわ。

 私はそんな母が大好きで、仲良し親子でした。ええ、もちろん今もですよ。


 だから私、幸司こうじさんもお母様と仲がいいと知ってホッとしました。大事な指輪を譲って下さるくらいだもの……マザコン? まさか! そんなこと思いませんよ。自分の親を大事にできない人は他人も大事にできないでしょ?


 でも……ほんと言うと、私にはもうそんな偉そうなことは言えないんです。母の思いやりを蔑ろにして、傷つけてしまったから……。


 今でこそ関係良好なんですけど、以前に母と険悪な時期があったんです。険悪というか、私の方が一方的に嫌ってたんですよね。そういう時期ってあるものでしょ? 

 ええ、反抗期だったんだと思います。

 二十歳過ぎてからでしたから、平均よりだいぶ遅れてますよね。短大に通っていた頃から、母の干渉を重圧に感じるようになりました。

 周囲の友達はサークル活動やアルバイトで恋人を作って楽しんでいましたが、うちは一切許してくれなかったんです。男友達ですら駄目。母は世間知らずの私が男性に騙されるのを心配していて、以前よりも厳しく私を監視するようになりました。

 門限は夜の七時だったし、アルバイトは禁止。友達同士で旅行に行くなんてもってのほかで、日帰りのレジャーですらいい顔をしませんでした。来るのは女の子だけだと言っても信用してくれないんですよ。若い女が集まってたら必ず悪い男が寄ってくるから油断はできないって。ちょっと異常ですよね。


 それでも私、学生の間は我慢をしていたんです。学費も生活費も親の脛を齧ってる身分でしたから、不満に思いながらも反抗はしませんでした。

 え……親孝行とかじゃないですよ。ただ臆病だっただけで……そうですか? そう言ってもらえると嬉しいな。


 その反動というか何というか、短大を卒業して就職して、私は一人暮らしを始めました。頑張れば実家から通える距離だったんだけど、残業の日は遠距離通勤が大変だからってことにして。

 もちろん母は大反対しました。新人に残業させる会社なんか入るの止めなさい、お母さんが電話してあげようか、なんて凄いこと言われました。でも押し切っちゃったんです。母に逆らったの、あれが初めてだったかもしれません。

 案の定、母はしょっちゅう様子を見に来ましたけどね。あ、一人暮らしを認めてもらう条件としてアパートの合鍵を渡してたんですよ。言い訳じゃなく、仕事が忙しくてあまり部屋にいなかったんですが、留守の間に掃除や料理をしてくれてました。

 今考えれば凄くありがたいことですよね。その時の私は何だか鬱陶しくて、多忙にかまけてろくにお礼も言ってませんでした。


 ちゃんと感謝の気持ちを伝えてれば……信頼関係を保てていれば、私の恋愛をもっと冷静に見守ってくれてただろうに……悪いのは私なんです。


 ごめんなさい、順を追って話しますね。

 ここからちょっと……話し辛いんですけど、その、あまり堂々と語れる内容ではなくて。

 でも幸司さんには聞いてほしいと思って。軽蔑されても仕方がないと覚悟してますから……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ