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望めば、そう在るかなって

作者: 銀狼

ツイッター企画「深夜の真剣文字書き60分一本勝負」にて書きました拙作です。

以下今回のお題


手を伸ばしたら掴めるの?

震える君に、アイの口づけ

勤務中はお静かに

私が望んだことだから

例え人間でも、例え妖怪でも

 ふと時計を見上げると、時刻はすでに22時。真夜中のオフィスに一人きりとなっていた男は、ようやくその重い腰を上げた。

 大きく伸びをしながら、これまた大きな口を開けて大あくび。慣れてきたとはいえ、この時間はさすがに眠くなる。

 そうして体を動かしていると、部屋の(すみ)でうずくまっている女性が嫌でも目に入ってくる。(つと)めて気にしないふりをするのだが、結局いつも通りまじまじと見つめてしまう。

 そう、このビルには男の他に女性がいた。サラサラの長髪に細身の肢体(したい)、さっぱりとしたオフィスカジュアルなパンツスタイルのその女性だが、よくよく見ればうっすらと背後の壁が透けて見えている。明らかに生身の人間ではなかった。

 初めてその存在に気がついたのは、入社して2週間後だったろうか。自席のパソコンを見ているその視界の端で、出現と消滅を繰り返しているのに気付いてしまったのだ。

 それはもう、驚いた。思わずパニックに(おちい)ってしまい、オフィスの全員から冷ややかな目で射抜かれた程度には。

 落ち着いたところで、上司が苦笑しながら言ってきた。

「どうやら君も、見えるようだね」と。

 今までも似たような反応を示した者がそれなりにいたらしい。そして彼らは騒ぎの後、諸々の事情から皆辞めていったそうだ。

 逆に言えば、今このオフィスに残っているのは見えない者ばかり。ただでさえ奇異な目で見られるのに、この状況。居心地が悪いのは道理の話である。

 ところがこの男の神経は、樹齢1000年の杉もかくやというほどに図太かった。おかげで今もこうして、のうのうと残業が出来るのである。

 何の気なしに、じっと女を見つめてみる。三角座りのように身を縮め、顔を伏せている。しばらく見続けて、その体が震えているのに気がついた。

 おもむろに歩み寄り、彼女の傍にしゃがみ込む。近くで見れば、その体が透明だということがよく分かる。

 しばらく考えていた様子の男だったが、やがて意を決すると彼女に手を伸ばした。その指先に、やや冷たいながらもしっかりとした肌の感触が伝わってきたことに思わず目を見張る。

 それは相手の方も同じだった。顔を上げ、皿のように丸い目をしたやや間抜けな面を(さら)け出す。やはりというか、その目は赤く()れ上がり、涙がとめどなく流れていた。

 しばらく放心していた二人。先に気を取り直したのは男の方だった。相手の手を取り、引き寄せてしみじみと(つぶや)く。

「いやぁ、まさかとは思ったけど、ほんとに触れるなんてなぁ」

「……なん、で……」

「さぁて、そいつは俺にも分からん。けどまぁ、何となくいけるかなぁと思ってね。いけると思えばいけるってこと、あるじゃない?」

「なんで……私は、もう……」

「うん、死んでるっぽいね。でも、確かにここにいる。存在があるなら、実体もあるんじゃないかってふっと考えが浮かんじゃった。望めば、そう()ったりするんじゃないかって」

 泰然(たいぜん)とした男の物言いに、女はただ唖然(あぜん)とするばかり。いつの間にか、涙は止まっていた。

「そんなわけで、僕の退屈な夜にしばしお付き合いいただけないかな、マドモアゼル?」

 取った手に軽く口づけ、男は微笑を浮かべた。





「――あああー甘い、甘すぎるぅ!! 孤独な幽霊と孤独な男のオフィスラブ!! 誰にも認められないながら、誰にも邪魔されないランデヴー!! これは間違いなく良作よ!!」

「うん、まぁ、面白い話なのは分かったから。とりあえず黙ってくれないかな?」

 静寂(せいじゃく)に包まれていた校閲(こうえつ)部のオフィス。一人興奮していた女は、部全体から絶対零度(ぜったいれいど)の視線を一身に受けていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「まさかこれを一時間で書いたとは」と思わせるほどの濃厚なのに自然な描写。 『樹齢1000年の杉もかくやというほどに図太かった』など比喩も雰囲気とマッチし、決まってます。 ……なにより、こ…
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