死神
相変わらず騒がしい観客たち。
最初は俺が負け、勇者達が圧勝すると思っていたのだろう。
だが、そんなことはなかった。
俺は負けるどころか、勇者を一人倒してまった。
予想が大きく外れたせいか、観客達はさらに盛り上がっている。
特に男の観客が。
なぜ男の観客がそんなに盛り上がっているのか?
それは、先程俺が勇者の一人を風魔法でボコボコにしたからだろう。
そして、魔法の衝撃で半裸になった少女を意識が戻ったのでさらに魔法でボコボコにし、布を全て消滅させたからだろう。
別に故意にそうした訳じゃない。
だが観客はそうは思っていないようで、他の女の勇者にもそうしてくれるんじゃないかと期待している者が多くいる。
そのせいか、戦い始めた頃にはまったくなかった応援の声が聞こえる。
まぁ、そのほとんどが、「脱がせ!」とか「もう一回!」とかなんだけどね。
あまり嬉しくない。
この戦いが終わった後、変な噂がたちそうだ。
今では、男の観客のほとんどが戦いではなく、その布が消滅した少女の方を見ている。
少し、可哀想ではあるがまぁ、仕方のないことだ。
さて、一人倒すことはできたが残る三人がなかなかしぶとい。
いや、三人ではないな。
そのなかの一人だ。
小雪という少女が張る聖盾という結界。
これがかなり厄介だ。
こちらの攻撃をまったく通さない。
どうしようか。
聖盾さえなければ瞬殺できるんだけどなぁ。
もう少し、魔法の威力をあげるか。
「くっ、美咲はやられてしまった。
華鈴、でかいのを頼む!」
「了解です。
グランドファイアーボール!」
五メートルはあるファイアーボールをこちらに放ってくる。
あの華鈴とかいうやつなかなかの魔力だな。
さて、俺も威力を上げると決めたし、本当の意味で手加減を無くすとするか。
「そろそろ聖盾とかいう盾には消えて貰おうか!
メテオ!!」
五メートル? そんなちゃちい物じゃない。
熱量も華鈴の魔法より桁違いだ。
軽く十メートルはある炎の球を三十程作り出し、一つをグランドファイアーボールにぶつけ、その他は全て聖盾にぶつける。
次の凄まじい轟音と共に、火傷しそうなほどの熱風が訓練場に広がる。
その余りの轟音に全裸となった美咲を見ていた男達も、こちらに目を向けた。
そして、全ての観客達は驚愕の表情を浮かべる。
勇者と戦っている男が放った魔法は、失われたとされている魔法「メテオ」だったからだ。
これは夢かと頬をつねるものまでいるくらいだ。
しばらくして、やっとメテオによって巻き上がった砂煙がはれる。
聖盾は、壊れていない。
「くっ、あなたは何者なんですか?」
「俺は……。」
その問いになぜかすぐにこたえることができなかった。
何者か。
俺は何者なんだろう?
神に呼ばれてこの世界にきたもの?
Cランク冒険者?
一般人?
どれもしっくりこない。
少し前に、神に言われたことがふと頭をよぎる。
『私があげたあの深紅の大鎌もあるんだし、君が死神を名乗ってみるってのもいいかもしれないね。』
今、俺が使っているこの大鎌は、死神と呼ばれていた人物が使っていた大鎌そのものなのだそうだ。
元、世界序列四位だった死神の。
そう、神が言っていた。
その死神は、今俺が手にしている大鎌で、数々の命を刈り取ったらしい。
その大鎌をもつ俺なら、死神を名乗ってもいいんじゃないかと言っていた。
死神、か。
あの時は拒否したが、そう名乗って見るのもいいかもしれない。
「俺は、死神だ。」
俺がそう言った瞬間、観客達がさらに騒ぎ出す。
「死神って女だったよな!」
「確かにそうだな、死神は女だった!」
「俺は死神を見たことあるぜ! あいつじゃなくて確かに女だったぜ!」
「でもよ、あの大鎌って死神のじゃね?」
「そうだな、俺も死神を見たことはあるが、あの深紅の大鎌を持っていたぜ!」
「つーかよ、そもそも死神ってもう死んでるよな。」
「それもそうだな、でも大鎌は本物っぽいぜ!」
「じゃあ、新しい死神なんじゃねぇの?」
「なぁなぁ、そんなことより美咲ちゃん見ようぜ!」
「うるせぇ! てめぇは黙ってろ!」
「新しい死神か、また世界序列が動くかもな!」
「死神か、そう言われるとあの強さも納得だな!」
「そうだな、世界序列に入るようなやつが勇者なんかに負けるはずないもんな!」
死神ってのは女だったらしい。
この反応からして、この大鎌はやはり本物なのだろう。
世界序列といえば、世界最強の五つの存在。
すでに死んでいて、元ではあるが世界序列に入っていた死神。
そんな人物の使っていた武器を持っていると思うと少し、ゾクリとする。
しかし、この大鎌はなぜかすごく俺になじむ。
そして、死神という呼ばれるのもなぜかすごくしっくりくる。
観客達はあの騒ぎようだが、勇者君は死神と聞いてもぽかんとしている。
「さて、戦いを再開しようか。」
「死神というのが誰かは知りませんが、勝つのは俺達ですよ!」
「ファイアーアロー!」
とりあえず、まずファイアーアローを放つ。
でもやはり聖盾に防がれる。
まぁ、それは予想通りだ。
でもそれだけで俺は止まらない。
聖盾を破壊する方法を思いついたからな。
俺は、ファイアーアローを目眩ましに使い、聖盾へと近づく。
そして、ある方法で攻撃すると聖盾はあっけなく破壊できた。
「う、嘘だろ……。
もしかして、小雪MP切れか?!」
「まだ半分はあるよぉー。」
「なぜだ!
聖盾は絶対に壊れないはず!
そういうスキルなんだから!」
聖盾を壊す方法。
それはとても簡単だった。
俺がいつも使っているあるものを使うことで簡単に破壊できた。
俺は、今までそれのことを忘れていた。
思いだしたきっかけは、観客達が話していた内容にあった。
そう死神の大鎌だ。
何でも斬れる。
斬れない物はない。
これはそういう大鎌だ。
だから。
聖盾だろうとたやすく斬れる。
豆腐を斬るよりも簡単に。
大鎌を降り下ろす、それだけで俺を悩ませてきた聖盾を破壊できた。
「これは何でも斬れる。
そういう大鎌なんだよ。
その聖盾とやらだって例外ではない。」
「なんでだよ! 聖盾は壊れないんじゃないのかよ!」
「死神の大鎌をナメるな。
そんなもので防げるわけがないだろう。
降参するか?」
「聖盾が無くなろうとまだ三人いる!
まだ、降参なんてしませんよ!」
勇者君はまだ諦めないらしい。
そういうところは勇者っぽいんだけどなぁ。
実力ないんだよねぇ。
「そうか、なら、しかたないな。」
一瞬で距離を詰め、まず小雪という少女を大鎌の柄で殴りつける。
刃は触れないよう細心の注意を払って。
今回は殺さないというルールだからな。
小雪は俺の速度に反応できず、腹部を思い切り殴りつけられ、気絶する。
それと同時に美咲にも使った魔法を放つ。
「ウィンドインパクト!」
今度は一発のみにしておいた。
しかし、威力は美咲に放った時の十倍程だ。
小雪は地面を数回はねて吹っ飛ぶ。
鎧ではなく、ローブを纏っていたせいか、一発だけしかうってないのに布はビリビリに破け半裸になる。
「残り二人か。」
次は、華鈴と呼ばれていた少女に全方位からウィンドインパクトを放つ。
大鎌で殴らないのは、魔法だけで大丈夫だと判断したからだ。
その判断は正しかったようで、後衛である華鈴はウィンドインパクトを避けることができず、直撃を受ける。
小雪と同じくローブを着ていた華鈴だったが、小雪とは違い全方位からウィンドインパクトを受けたため布はほぼ消滅した。
つまり、美咲と同じ状態になったというわけだ。
全方位、つまりは十発以上のウィンドインパクトを同時に受けたのだから、布なんて当たり前のように消滅した。
なぜ、一発ではなく全方位にしたのかというと、サービスだ。
観客へのサービス。
決して俺のためではない。
だが、観客から物凄い歓声が上がった。
「残り、一人。」
「く、くるなぁぁぁ!!!」
余裕なんてとうの昔に消えている勇者君の表情には、もはや恐怖しかない。
「お前もああなりたいか?」
全裸になった美咲と華鈴、そして半裸となった小雪を指差してそう言う。
「い、嫌だあぁぁぁぁ!!」
勇者君はもう錯乱状態だ。
「なら、降参するか?」
何度もいいつづけてきたこの言葉。
「する! 降参します!
だ、だからアレだけは勘弁してください!!」
あっけなく、勇者君は降参した。
大勢の観客の前で全裸になるのはよっぽど嫌なようだ。
「そうか、ならこの勝負俺の勝ちでいいな?」
「はい! それでいいです! 俺達の負けです!!」
「じゃあ約束通り、魔王討伐に行くのを止めてもらうぞ。」
「わ、わかりました! 魔王討伐には絶対にいきません!!」
「よし、それならいいんだ。
いいか? 絶対だぞ。
もし、弱いまま魔王討伐なんかに行ったら俺が命を刈り取りに行くからな。」
「は、はい! 魔王討伐には行かないと誓います!」
よし、これで目的は達成できたな。
「し、勝者ブラッド!」
審判であるライガーがそう言って、俺と勇者達との戦いは終わった。
後ろで、観客に混じり俺達の戦いを見ていたフクシアが駆け寄ってくる。
「……ブラッド、おつかれさま。」
「ありがとう。」
「……でもアレはやり過ぎ。」
フクシアにちょっと怒られてしまった。
「……ウィンドインパクト、一発で充分だったでしょ?」
「もしかして気づいてた?」
「……あたりまえ。」
「まぁ、うん、ほら、あれだよ、あれ。
観客へのサービス的な。
決して、本当に、絶対に俺がやりたかっただけとかじゃないから、うん。
フクシア、信じて?」
俺は、必死に言い訳する。
まぁ、確かにやましい気持ちがゼロだったわけじゃない。
若い高校生くらいの少女を見て、すこーしだけそういうのもあったかもしれない。
うん、少しだけね。
少しだけ。
ホントにちょっとだけ。
「……ブラッドは私だけ、見てればいいのっ!」
口でも心のなかでも言い訳する俺にフクシアはそう言って、抱きついてくる。
超絶可愛い。
もう、全てがどうでもよくなってくる。
「うん、そうだな。
やっぱフクシアが一番だ。」
俺とフクシアはここがギルドの訓練場なんてことを一切気にせず、熱い濃厚なキスを、する。
密着することによりフクシアの感触が香りが伝わってくる。
あぁ、ここにベッドがないのが残念だ。
「……続きは宿でね?」
そう言って唇を離すフクシア。
お預けをくらった犬のような気持ちになる。
早くフクシアと、したい。
「わかった、全速力で帰ろうか。」
なので俺は、最速で帰れる方法をとることにした。
まず、フクシアをお姫様抱っこする。
持てる全ての力を使い、全力で帰宅する。
勇者と戦っていたときよりも本気で。
身体強化魔法を発動し足を強化。
風魔法を発動し追い風をおこす。
探知魔法を発動し、宿までの最短ルートを見つける。
精神魔法を発動し、ルート上に人がこないよう誘導する。
土魔法を発動し、俺が全力で走っても地面が壊れないように強化。
さぁ、準備は整った。
行こう! 宿へと。
ドンッと全力で大地を蹴る。
トップスピードで、迷宮都市を駆ける。
今の俺の頭にあるのは、宿に帰ったあとのフクシアとの行為のみだ!
風を切り、駆ける。
景色が一瞬ごとに変わる。
俺は今、風となった。
たいして、時間もかからず宿につくことに成功。
すぐに階段を上り、部屋へ向かう。
まだ夜じゃないけどいいよね?
もう抑えることはできない。
俺は服という鎖から肉体を解き放つ。
さぁ、今日も俺のエクスカリバーが火をふくぜ!
フクシアも、すでに準備万端といった感じだ。
二人でベッドへとダイブ!
ぎぃ、とベッドが軋む。
さて、始めようか本日最大の楽しみを!!
今日の勇者との戦いの後、俺は死神ブラッドと呼ばれることとなる。
そして、フクシアは死神の愛するものと。




