人を外れてみたものの
そんなオレは今、裏で戸籍を買って名前も変えているんだけど、近所にあいつが居るんだよな。
今住んでいる場所は廃村なんだけど、周囲に誰も居ない環境は実に落ち着いて良い。
毎日の日課としては、牢内の人形の様子を見る事と、変装してあちこちに盗みに入る事。
それが終わったら飯を食って、昼からのんびりとあいつの様子を見に行くんだ。
あいつが警戒しない格好で行けばさ、それはもう喜んで中に入れてくれるのさ。
え、どんな格好って?
そりゃもちろん、転身した姿に決まってるだろ。
どうやら10才ぐらいから年は取らないみたいでさ、毎回10才スタートになるみたいなんだ。
だからもしかしたら女のままで10年生きたら二十歳になるかも知れないけど、男に戻ってまた転身したら10才からのスタートになるんだ。
それとな、オレの年齢は増えていくんだけど、外見は30の頃と変わらないんだ。
どうやらそっちもリセットになっているようで、時々転身してたら男も女もリセットになるっぽいな。
もちろん、それは素顔の事だけど、変装した姿は色々さ。
老人から少年に至るまで、オレの外見はいくらでも好きに変えられる。
創造魔法ってさ、自分の身体を変える事すらも可能としたんだね。
さて、久しぶりの逢瀬と参りますか。
さすがにノータッチは貫いているんだけど、嫁さん候補の幼女とは巧くやれてんのかねぇ。
たまにこうして遊びに来るようになっているんだけど、あいつは何にも言わないが、もしかしたらバレている可能性も……いや、まさかな。
「今日は名前を教えてくれないか」
「それは聞かない約束でしょ」
「あいつ、元気でやっているのか」
「誰の事かしら」
「そうか、ならいい」
「次は少し先になるかも」
「いや、もうこれで終わりにしよう」
「あら、飽きたのかしら」
「そろそろ結婚しないといけなくなってな、オレももうこんな事をやってられん」
「そう? なら良いわ。また別のお話し相手を見つけるから」
「君は不思議な子だ。どうしてだかオレの友達を思わせる。あいつは男で今は投獄の身だと言うのに」
「さようなら、シン太郎」
(そ、その、言い回しは、まさか……いや、それこそまさかだろ。そうか、あいつに聞いたんだな。面会でもしているのかも知れん。親戚ならあり得るとしても、どうしてあいつが釈放にならないんだ。被害届も何も無いってのに、映像があるから疑惑は残るとかいい加減な事を言いやがって。挙句の果てにはオレにあのテープを無理矢理押し付けられたとか、騙されて荷物の中に入れられたとか、うちの弁護士が勝手な事を言いやがって、もう結審したから今更の変更は効かないとか、それを言えば全てが元の木阿弥になるとか……だからあいつだけの罪になっちまってよ。くそっ、今の規制とか、狂ってるぜ……)
~☆~★~☆
廃村に転移して、男に戻る。
確かにあいつの近くではありはするが、山を2つ越えた先だ。
だから近くを探しても見つからないだろうし、見つけてもまた違う顔になるだけだ。
さて、今日は肌寒いから風呂でも沸かしますかね。
どうにも使い辛い魔法だけど、何とか沸かせるからやっているが、どうにも普通の魔法が無いってのが残念でならないよ。
水を張った浴槽の中にゆずを1つ放り込んでさ、そいつを殺す火炎魔法で湯を沸かすんだ。
だからどうにも毎回ゆず湯になるんだけど、瞬間に熱せられるから妙に炊けて変な香りなんだよな。
もちろんターゲットのゆずは炸裂してバラバラになるし、だからその余波で湯が沸きはするんだけど、実際相当の無駄のはずなんだ。
どうにも融通の効かない魔法だけど、やっぱりあると便利なのは確かだね。
水はさ、清浄な滝から汲んでいるんだよ。
300リットルタンクってのがホームセンターとかに売っているんだけど、それを大量に発注して滝で満載にしてインベントリ行きな訳さ。
いやね、オレも泥棒が好きになってはいるんだけど、さすがに生活用品の泥棒はちょいとね。
じゃあ何を盗るかと言うと、今は世界の武器弾薬の類だな。
調べてみた感じでは、100メートル角ぐらいの品までは入ると分かってね、だからあらゆる武器弾薬の盗難事件とかも頻繁に発生しているんだ。
戦車とか自走砲とかミサイル車両とか、紛争地帯も今では小火器だけで閑散としていてね、みんな武器が無いからでかい戦いにならないらしいんだよ。
しかもさ、戦闘車両の燃料の盗難まで相次いで発生していてさ、だから死の商人だけが笑いが止まらない状態になっているんだけど、そのせいかどうにも自作自演の疑いを掛けられているみたいなんだよな。
まあそんな事はどうでも良いんだけど。
ともかく、荒い方式で沸かした湯に浸かり、のんびりとしたこの時間が一番好きだ。
周囲には人の気配も動物の気配も無く、ただ静かな中に虫の声が響いている。
実はこの界隈には害虫も居ないんだ。
『我に不快と害意を与える全ての存在に死の鉄槌を、圧殺鉄掌』
これでまるで鋼鉄の手の平で叩かれたように、害虫の類は潰されたんだ。
不快と害意だからGも含めての事でもあるし、病原菌の運び手となるネズミ関連も同じだ。
だからそれを餌にする蛇や小動物なんかも居なくなり、居るのはただ繁殖の為に懸命に身体をこすり合わせている虫達だけに過ぎないのさ。
これから冬になれば、また手荒い方法の暖房をやらなくちゃいけなくなる。
つまりさ、テーブルの上にカセットコンロとその上に圧力鍋を置いてさ、その中にまたしてもゆずを1つ入れるのさ。
んでそいつを殺す魔法でゆずは炸裂するんだけど、寸胴鍋が高熱で圧力弁がはじけ飛ぶけど、それがストーブの代わりになるんだよ。
まあ、そんな荒い方法だから、毎日やっていると鍋がすぐに使い物にならなくなっちまうんだけど、今のところ他の方法が思い付かないんだ。
そりゃ確かに石油ストーブや家電製品を発電機で使えば電化な生活は可能だけどさ、折角あるんだから魔法で何とかしたいと思う訳さ。
そうなるとどうしても、ゆず式圧力鍋ストーブになっちまうんだよな。
いや、ゆずがもったいないと思うだろうけど、こればっかりは派手に大量に仕入れてあるんだよ。
それどころか毎年100個入り化粧箱のゆずをさ、大量発注してんのさ。
1箱2000円の卸で1200円のところを、1800円での仕入れにしてんのさ。
そうすると農協に卸すなら、卸価格の1200円になるんだから、誰も農協に卸さない事になっちまう。
それでも1年だけの話ならまた違うけど、5億入りのミカン箱1つで前金込みになっているんだ。
実はゆずが欲しくてゆず農家でまとめ買いしようかと訪ねたんだけど、その場で色々と愚痴を聞く羽目になったんだ。
やれ不作の折には農協からの貸付金で何とかなったけれども金利が高いとか、豊作になったら買い叩かれるとかさ。
だもんでつい、全ての農家向けにさ、全て買い取りたいって話になったのよ。
んで、車の中に金があるからってミカン箱の中の5億を見せてさ、そうしたら知人連中総動員になった挙句、共同購入の反対のような事をやろうって話になってさ。
ゆず農家連合ってのを作ってそことの取引での契約にしてさ、前金で渡しておいたんだ。
それで初年度はもうかなり農協に渡しているから少ないけどって数百箱がやっとだったんだけど、毎年全てって契約で良いからって先払いだと渡してあるんだよ。
んで、今年はその埋め合わせも兼ねて5万箱を納品にしてくれて、来年以降も増産の予定が立ってありがたいらしいな。
豊作でも不作でも箱単価1800円固定のうえ、出来高での取引だから少なくても文句無しなうえ、豊作なら大儲けになる話だ。
だから数年おきに5億の箱を渡しておけば、可能な限りの増産で大量に作れて入手も出来て、農協に出すより儲けになるという、色々にお得な方式なのだ。
それで殆どの地区は賛同してくれたんだけど、そうなると黙ってないのが農協だよな。
色々とチクチク脅しっぽい事をやらかしていたみたいで、職員の乗った車のタイヤがパンクして、崖から落ちた事故は仕方が無いよね。
それからも他の農家さんとも契約してあれこれ仕入れているけど、ズルをする農家さんはもう居ない。
さすがに殺すのは可哀想だからと、殺さない方法を何とか考えたんだけど、廃人にはなっちまったんだ。
殺さない魔法も初だったけど、そのうち衰弱して死んだから経験値は入ったんだ。
だけど、そんな死とか、この国に蔓延している死神の呪いとは別だからさ。
さすがに脊髄粉砕とか、そう何人もに使える方法じゃなかったけどさ。
そしてそれからも静かに暮らすものの、時々は世界をやっぱり騒がせていた。
だけどさ、次第にそれもつまらなくなっていったんだ。
まさか殺しに飽きるとは思わなかったけど、やはり殺しの実感が無かったのが原因なのかもね。
だって魔法での殺しは間接的だし、とは言うものの、攻撃15は相変わらずで直接は無理だし。
そうして数十年が経過し、あいつも次の世代へと相続し、老後を悠々自適に過ごしているようだ。
幼子だった奥さんも老人となり、あいつはロリの虫も治まったのか、浮気をしている感じも無い。
元々、初体験での酷い目が原因だったんだから、奥さんに治療してもらったのかも知れないな。
不治の病かと思ったあいつの病も、奥さんの愛で治癒したか。
ふうっ、何かさ。
時々変わるから外見は30のままなんだけど、精神はそうはいかないみたいなんだ。
年々、気力と言うのかな、それが減っているようなんだ。
だから殺しに飽きたり盗みに飽きたりするんだろう。
まあいいや、やりたい事も散々やったし、そろそろ幕引きの頃合かも知れない。
最後にあいつに挨拶に行こうか。
~☆~★~☆
「そんな夢みたいな事、信じているのかい、くすくす」
「やっぱりそうなんだな。だからあれは自分の、そうか、だからやっぱり無罪だったのか」
「君は学生の時に捨てたからね、30才で魔法使いになれなかったんだよ」
「嘘だろ、あの伝説、マジなのかよ。くそぅ、あんな女に。我慢していればオレも、くそぅぅぅぅぅ」
「まあ、誰も信じないよな。牢獄の中に居るはずの存在が、別人になって外に居るとかさ」
「今、中に居るのは誰なんだ」
「ああ、死神君か。彼の近くに寄ると死ぬと言われててね、誰も近づかないみたいだね」
「大量殺人、あれもそうなんだな」
「大量自然死の間違いだろ。みんな病気で死んだんであって、僕には関係の無い事だよ、クククッ」
「解き放たれたんだな」
「放ったのは国であり、そして大衆共だ。僕は静かに暮らしていただけなのに、それを乱したのはあいつらだ。30年間地味に暮らしてきて、偶然から魔法使いになれたけど、それでもなるべくなら静かに暮らしたかったよ。だけど周囲はそれを許さなかった。無実の罪で投獄し、契約は破棄されて有罪のまま。預金は没収されて家も土地も全て盗られた今となっては、意趣返しをやっているに過ぎないんだ」
「うちの親父、約束を破ったんだな」
「お前との絶縁を条件に、弁護士の世話をしてやると言われた。だけどなるべく借りは作りたくないと思い、10億を礼金に渡したんだ。いや、渡すつもりで弁護士に頼んだんだけど、そいつがよりよもよって、オレの全ての財産を慰謝料として接収にしてさ、竹芝の財産になっているんだよ」
「そこまでしたのかよ」
「宝くじが当たってさ、キャリーオーバーで52億になってたんだけど、それプラス家と土地と都市銀の預金全てだよ」
「それじゃ殺されても仕方がねぇな」
「あくまでも自然死だよ。僕はただ、条件を出したに過ぎない。僕に対して損益を与えた人間に死を願うと、ただそれだけだ」
「じゃあオレは何で生きてんだ」
「お前はオレに対して害意も無く、損益も与えていないだろ」
「お前の事をリークしたのはオレだろ」
「さすがにな、死刑を言われてそれでも黙れとは言わんよ。そうじゃなしに、意図的にオレを貶めようとした存在の死を願ったに過ぎないんだ。まあいい、もう当分、会う事は無いだろうけど、元気で過ごすんだよ、シン太郎」
「どっか行くのか」
「山奥でのんびり暮らすよ」
「もう逢えないのか」
「人の暮らしはもう飽きた。人の中に居ると殺したくなる。そんなオレは世間から消えるしか無いだろ」
「また……いつか……なあ、頼むよ」
「そうだな……お前が死ぬ前ぐらいか、そうだな」
「魔法使いは死なないのか、それも良いな」
「さあそれはどうかな。まあいい、またな」
トラブルもあったけど中々に悠々自適じゃないか。
オレから願う事はただひとつ。
オレなんかの事は忘れて残りの人生を有意義に生きてくれ。
こんな人外な人格破綻な人殺し野郎の事なんか忘れてさ、奥さんと幸せに過ごすといい。
さてもう良いだろう。
この世界で魔法の使える存在よ、その者に永久なる眠りを……