第97話 希望を捨てろ
「お、お前は……」
頭を失ったチツの身体はゆっくりと傾きながら血しぶきを断面から吹き出し、倒れていく。
そのすぐ隣に立っているのは巨人と言える程の二メートル超の巨体を持ち、口元には立派な黒ひげにギラリと鋭い眼光。
「最高神……」
彼の最高神だった。
「この恥さらしが。折角我が直々に選び、与え、最上位神にしてやったというのに。ごくつぶしが!!」
「っぐ」
首無しのチツの身体を冷血に見下しながら、フルフルと苛立ちにより身体を震わせて声に出して吐き出した。
最高神の一喝が周囲に轟き、大気を、大地を震わせる。
ただの叫びだが。怒りが籠ったそれは衝撃で地面を削り、吹き飛ばす。腕を前に向けて踏ん張りながら堪えるクラ。少し離れた所で叫び声が聞こえ、何処かに転がって吹き飛ばされたような声も一緒に聞こえる。
「おい!何をするつもりだ!!」
「ん?見ればわかるだろ」
最高神による衝撃が収まり、クラが再び最高神の方に目を向けるとやろうとしている事に驚愕して思わず声を上げる。
まるで興味がないと隠す気がない最高神は顔を向けずにそのままを言い放った。ゆっくりと足を上げ、今は動かない首無しのチツの身体を踏み潰そうとする格好のまま。
「跡形もなく消し飛ばす所だ」
「ふざけるな!」
「何がだ?」
呆気からんとした最高神の雰囲気にすぐに叫ぶように言う。
急に現れたら物事の終止符を打とうと動き出した。クラにとっては叫ぶのも無理がない。こうなったのも元々最高神のせいでもある。何時の間に封印が解けたのかは不明だが、チツとクラの問題なのに堂々とそれをぶち壊し、さっさと終わらそうとしているからだ。
まだ言いた事があったのだ、何故リバの止めを刺さずに生かしていたのか、何故あの地球人に対してはあの時のように接していたのか、結局はチツ自身は何を考えていたのか………クラは知りたかった。だが……それが聞けなくなった。なんとまぁ呆気ない。
たった一瞬の出来事で全ての出来事がひっくり返された。チツの考えも、クラの決意もリバの気持ちの全てを。
「これ以上は意味が無いだろうが!!!!」
だから、それ以上はしないでくれ!………とは口では言えない。
少しの間を置いてから、最高神がゆっくりと顔だけをクラの方に向けた。
「しるか」
たった一言、それを言うために。
「やめ─────」
二度の静止の声が届く前に、無情にも足は振り下ろされた。
〉〉〉
時間が止まったようにも感じた。ゆっくり、ゆっくりと動いて行く足を止めようと自分の腕が伸びていく。
だが物凄く曖昧で、意味が無い行為。
自分の腕が動いているということは、やはり時間は進んでいる。
小数点以下の秒数でも、数秒でも一分でも。止まってくれと……。頼むから止まってくれと願って願って願った。
あの足が降ろされた後の事が考えたくもない。今までの思い出も、感情も記憶も。答えすら踏み躙ってしまう、蹂躙してしまう。
なんでこうなったか。景色の色が落ちモノクロとなった世界─────だが時間は進む。
ちゃくちゃくと、チクタクチクタクと時計が音を鳴らして聞かせている様にゆっくりと………進む。
やめてくれ、たのむからやめてくれ。どうやったらやめてくれるのか。
止める方法を考えて考えて考えても。
やはり。
─────時間は進む。
〉〉〉
「ぬ?」
止まった。
「─────ろ………え?」
だが、声は聞こえる。自分の声、最高神の声。周囲の音は聞こえる……が。
「な、何だこれは!?」
最高神の足が止まっていた。
とうの本人は今起こって状況に困惑している様子だ。どうやら彼が自ら振り下ろした足を途中で止めたわけでもないようだが、足は振り下ろし終わる前。チツの体に触れる手前でピタリと停止したように動かなくなった。
──────────やっと、現れたね。
「チツ!?」
動きを止めた最高神の足を掴んだのは首を無くしたチツの体だった。
首があった場所がぐにゃりと歪むとあっという間に転がって行った筈の頭がそこに現れ、切られた筈の首元はすっかり元通りになっていた。
「貴様ぁ!何故いま生きている!!」
「簡単な事さ。保険は持っておくもんだ。リバと同じようにもしもように創造の力で命のストックは創るけど、空間の力でタイミングよく復活できるようにしただけ。この、タイミングでね」
「どういうことだ?」
一人だけ成立している会話の内容が分からないず何故生きているのかの驚きと少しばかりの安堵した気持ちでややこしくなり口から言葉が漏れた。
最高神はチツが三つに分けていた力の二つを持っていたのは見た瞬間に理解していた。だが、遅かれ早かれ殺してもすぐに一回は復活するだろうと考え、復活すらできないように跡形もなく吹き飛ばそうとしていたが………いくら何でも早すぎる復活の理由が分からなかったのだ。
ポンポンと服を叩いて砂埃を落としながらチツは起き上がった。
「何故だ!?何故動けん!」
「その理由はお前が知る意味もないし必要もない。さっさと─────死ね!!」
足どころか体全体が動かない事に気が付いた最高神はジタバタ動こうと、もがくが一向に動かない。そんな最高神の無様な姿を見て鬱陶し存在を切り捨てるように、手に力を纏わせて一閃した。
「がぁ!?」
すると、それに合わせるかのように体が動き始め、最高神の体は上半身と下半身が別に分かれながらどさりと地面に倒れ落ちた。
「ぐ、ぐぞが」
「すごーい!流石最高神!まだピンピンしてるよ!─────ま、どうでもいいけどね」
「ぬぉわあぁぁぁ!?」
半分になっても悪態を吐いている最高神の上半身と下半身を蹴り飛ばし、遠くに転がっていくざまを観賞してからクラに振り返る。
「残念だけど、まだまだこれからだ。予定通りあのゴミの排除は協力者のお陰で出来そうだから………今度こそ。君の番だ、クラ」
「…………さっきのは、嘘だったのか」
此方を見るチツに対して見つめ返したクラは本心から言った。
「嘘か………嘘ねぇ。いや、あれは嘘じゃなく本心だね。自分でも何であんなに感傷的になったのか馬鹿らしかったよ。一つ言えることは予定を変えるつもりはない。力の全てを手中に収めて、力を使い、やり直す。スーナ─────母さんを蘇らしてやり直す。これはボクの考えでもありみんなの考えでもある。あの子もそうしたがっている、不幸な事が起きなかった世界にして家族と幸せに生きるただそれだけがしたいだけ。ボクもあの子もみんなみんなそうしたがっている。だからボクが『諦める』っていう答えはあり得ない。諦めろと言われればボクはその言葉を諦めろと逆に言う。─────クラはボクにそんなバカげたことをするなら諦めろというだろうね。それなら」
何かを持つ素振りをしながら斜め下に向けて右手を伸ばす。何もない所から徐々に銀色に輝く剣が姿を現し、それを上に掲げ。
「君がその希望を捨てろ」
言葉と共にクラに向けて振り下ろされる。
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