手遅れ25
「オキ爺」
私とギルが仲良く、手を繋いで台所に入ると、オキ爺が、ニポーン酒とお猪口を持って、勝手口から出ようとしている所だった、オキ爺は私の声にビクリと反応し、もう遅いけど、ニポーン酒の瓶とお猪口を後ろ手に隠して振り返る。
「なっ、なんじゃ、レイ、部屋で休むんじゃなかったか」
私は名残惜しいけど、ギルの手を離して腕を組、驚いた様な表情のオキ爺を、駄目な老人だなぁ、夕御飯まで我慢出来ない仕方ない老人だなぁ、つまみ食いした上、晩酌まで始めちゃう残念な老人だなぁと伝わる様な表情、視線でオキ爺を見る。
「なっ、なんじゃっ、その目はっ」
私は置いてあるマツターケの篭を見る、ふむ、さっきより明らかに減っている、いや良いのよ、オキ爺の喜ぶ顔が見たくて採ってきた様なものだし、良いのよ、本当に、でも隠れて、つまみ食いの域を超えて、もう先に夕御飯済ませましたって言えるくらいガッツリ食べて、挙げ句に晩酌も始めちゃおうってのは見逃すわけにはいかないかしらね。
「なんじゃっ、なんじゃっ、儂はマツターケなんて食べとらんぞっ」
さようでした、さようでした、私の勘違いですね、オキ爺様は先程つまみ食いを見逃されていたりはしませんでしたね、そうですか、嘘まで吐かれますか、どうしてくれよう。
「ふーん、マツターケ食べて無いんだ」
「そうじゃよっ、食べとらんよっ」
「そっか、そっか、じゃあマツターケが減っている様に見えるのは、私の勘違いなのね」
「そうじゃ、そうじゃ、勘違いじゃな、最初からこのくらいじゃったな」
オキ爺は巧く誤魔化せたとでも思っているのかしら、笑顔で勘違いだと同意してくる。
「ふーん、じゃあ、その後ろに隠しているニポーン酒はなんなのかしら」
「いやっ、これはあれじゃよっ、なんじゃ」
「私はてっきり、オキ爺がマツターケをつまみに晩酌を始めようとニポーン酒を持って外に行こうとしているんじゃないかと思ってしまったわ、そんな事無いのよね、オキ爺、マツターケを理術でコンガリ炙って二つに裂いてよ、塩や醤油を掛けたり、スダーチを掛けて食べてよ、「スッキリした味わいじゃっ、もう一本いくかのう」とか言ってバクバクマツターケを食べてよ、お酒が飲みたくなってニポーン酒を取りに台所来た所じゃないのよね、そんな事、オキ爺はしないものね、そうよね」
「……そうじゃ、そう、かのぅ、そんな、そうかのぅ」
諦めの悪い事、別に取って食う訳でも無いのに、素直に認めて謝れば済むことなのに、何やらむにゃむにゃ言っているわね。
「オキ爺、一寸退いてくれる、勝手口の外に出たいの」
私はオキ爺の横から勝手口の扉を開けようと手を伸ばす。
「待つんじゃっ」
オキ爺が私と勝手口の間に立ち塞がる。
「なぁに、オキ爺、通してくれる」
私は扉に手を掛ける。
「待つんじゃレイッ、なんじゃっ、外に用なら儂が代わりにするぞっ」
そうよね、外の卓には皿に調味料があるものね、食べかけのマツターケもあるのかしら、外に出られると不味いわよね。
「そのくらいにしてあげなよ、レイ。どうやらオキ爺がマツターケをつまみ食いしたみたいだね」
振り返るとギルがマツターケの篭を見ている、ギルは顔を上げて私をみる。
「レイも解っていてそんな、オキ爺をじわじわ追い詰める様な事をしているんだろう、オキ爺が可哀想だよ、良いじゃないか、オキ爺の為に採って来たんだから」
ギルは優しいわね、そうね、このくらいにしておきましょうか。
「オキ爺、お酒は夕御飯まで我慢してよ」
「うむ、解った、そうする」
うむじゃないわよ、全く、もう、駄目なオキ爺ね、そうだわ。
「外の皿や調味料はちゃんと片してね、私達は今から夕御飯作るんだから」
「……なんじゃ。どうしてか解らんが知っとったのか、外でつまみ食いしたのを知っとって、儂を嬲る様な事をしておったのか、酷いのう、年寄りは労らんといかんよ、労らんといかん、今ある社会は善かれ悪しかれ、先人がつくり維持して今があるんじゃ、法に触れる様な事をせず、まっとうに働いて社会の安定、継続に貢献した老人には敬意を持って接しないといかんよ、敬意と共に労らんといかんよ、儂の様な老人は労らんといかんよ」
おっと、自分のつまみ食いを棚上げしてお説教を始めました、オキ爺さん説教を始めましたよ。
「そうじゃ、そうじゃ、つまみ食いくらい、今まで働いて貢献して来た事を考えれば当然の権利なんじゃないかのう」
オキ爺さん、今度は正当化し始めましたね。
「なんじゃ、儂は悪くない、悪くないんじゃないか、のう、レイ」
「そうね、オキ爺は悪くないわね、早く外の卓を片してね」
「そうじゃったの、では片付けてくるかのう」
オキ爺はニポーン酒とお猪口を置いて勝手口から外に出ようとする。
「オキ爺。つまみ食いは駄目よ」
オキ爺は振り返り私の目をみる。
「うむ。解った」
満面の笑みと共に頷くオキ爺、これはまたやるわね、本っ当に、駄目なオキ爺、ふふっ、駄目なオキ爺にはまたマツターケを採って来てあげたくなっちゃうわね、私はオキ爺を駄目にするマツターケを、また採って来る事に決めて、何だか楽しい気持ちでギルと夕御飯をつくり始める。




