かえるの息抜き短編 ②
チープなものでホラーと呼べるような内容でもありませんが、ジャンルはホラーにしています。
そして、R15指定するほどまではないかな、との作者判断ですが、少し気分を害する恐れがある部分もあるかもですので、よろしくお願いします。
初めまして。
ボクは君に、自分のことを知ってもらおうとは思わない。
けれども、君はボクのことを知りたくて仕方がないようだね。
だから、そんなしかめた顔をボクへ向ける。
あまり嬉しくない態度だけれど、別に責めたりはしないよ。
目の前の男は誰なんだ。この部屋はなんだ。どうして自分は椅子に縛り付けられているんだ。
君が抱いている気持ちを、ボクはよく理解できているから。
あと、ボクは意地悪で君の口を塞いでいるんじゃないよ。
君の心の中は、不安と恐怖が這いずり穏やかでない。
きっと、喚きたくて叫びたくてどうしようもないはずだ。
でもね、折角の蒼白な顔に下卑た悲鳴は美しくないんだ。
その巻かれた布はボクの優しさだと思って欲しいな。
そして、ダメだよ君。
君は今、ボクの手にある剃刀に興味を持ったね。
目を逸らしてもバレバレだよ。ボクは相手の気持ちを読み取るのが得意なんだから。
この剃刀はボクの手には少し大きいけれど、とてもお気に入りの逸品なんだ。
大切な物だから、ボクはいつも手入れを怠らない。
いつもこうやって、革の帯へ刃先を上下に擦りつけ、革を削ぐようにして研いでいるんだ。
ほら、刃先を研ぐ時の音を聞いてみて。
この、しゅう。しゅう。
心地良い音だよね。
手間はかかるけれど、剃刀を研いでいるとひどく安らぐんだ。
それから、見てよこの研ぎ澄まされた刃先。
寸分の狂いもなく真っ直ぐな薄い銀色の線は、とても美しい。
いくら眺めていても飽きないよね。
ただ、君がそんなに震えていると、眼球に刃先が触れてしまうよ。
この剃刀は軽く撫でるだけで色んな物がすう、と音も無く切り開いていくから気をつけておくれよ。
人の血は油が酷いから、刃先の輝きが曇ってしまうからね。
それに君の目が見えなくなったら、誰にボクの剃刀を自慢するんだい。
それから君、本当にダメだよ。
ボクの自慢をちゃんと聞いてなかったね。余計なことを考えていた。
君は最近流れているニュースを思い出していた。
内容は剃刀を使った猟奇的殺人事件の事だ。
そんな驚く顔を、ボクに見せなくていいだろ。
ボクは君のことがよくわかると言ったよ。造作もないことさ。
それで君は今、ボクがニュースにあった殺人犯だと思っているね。
少し首が動いたよ。
でもね君、それは安易だよ。
同じ剃刀の共通点だけボクを殺人犯と思うだなんて、失礼しちゃうな。
君はボクのことをまるでわかっていない。
だけど、ボクは君のことがよくわかる。
君がそんなにがくがく震えているのは、ボクを疑っているからだ。
安心するといい。
ボクは違う。
ちゃんと聞いていたのかい。
違うと言っているのに、どうしてそんな顔をするんだい。
さては信じていないね。
疑り深いよ君。
心配しないで、今からちゃんとボクの言葉が真実だって証明するよ。
だから君は、素直な気持ちでちゃんとボクの話を聞かないといけないよ。
そうすれば、ボクを信じられるから。
いいかい。もう一度よく耳を澄ましてごらん。
ほら、どうだい。
まったく、何がだいって顔だね。
ダメだよ。ボクの言葉をしっかり聞いていないからだ。
ほら、集中してごらん。
そうしたら、すう、と感じるようにして聞こえてくるはず。
ほら、かすかだけれど、小さかったものが今はだんだん、だんだんと。
幻聴ではないはずだよ。
君はその耳元に、何か感じているだろう。
ひたり、ひたりと近づいていた、潜むような息遣い。しっとりとした吐息。
だからね君。
君はもう、ボクの話を読まなくていいんだよ。
だって、剃刀を使うのは、
――――君の後ろの彼だからさ。
目を留めて頂き、ありがとうました。