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初めての舞踏会8

 書庫へ着くと、クリスはあちこちの明かりをつけて回った。それでも書庫全体は薄暗く、本の背表紙を読めるほどの明るさは得られない。明かりを本に近付けて持ち、背表紙を確認していたら、祖父がソフィアの手から明かりを取り上げ、背表紙を明るく照らしてくれる。

 読んだことのある本は見当たらないため、目についた本を手に取って、中を確認し、面白そうなものを選んでいく。


「ソフィア」


 祖父に呼ばれて顔を上げる。


「ウォーレン殿下のことを、どう思う?」


「お優しい方だと思います」


「それは本当に優しさなのか? おまえを手に入れるための芝居ではないか?」


 芝居? とソフィアは首を傾げた。


「ソフィア、よく考えてから答えなさい。もしウォーレン殿下が全てを失ったら、おまえはウォーレン殿下の手を取れるのか?」


「全てを?」


「王位継承権を失い、国を追われるようなことになっても」


 国を追われる、ということは、国を出るのだろうか。

 着の身着のままで放浪の旅をするのだろうか。

 国どころか、屋敷から自由に出ることもないソフィアが、国を出る。


 思わず、まあ素敵、と言いそうになった。

 まるで恋愛小説のようだ。小説の中では、愛さえあれば、二人はどこまでも行けるのだ。どこまでも行って、それから。


 ――それから?


 それから先は、小説には書かれていない。

 夢も希望もなく、そこには現実が待ち受けているからだ。


 慣れない土地、知らない人々、仕事は? 住む場所は?


 辛くてどうしようもないことばかりで、ソフィアは生きていけるのだろうか。……ウォーレンと。


 ウォーレンと? 二人で?


 ソフィアは慌てて、手にしていた本を書棚に戻した。


「お祖父様、私は処女ではありませんもの。ウォーレン殿下が私をお選びになることなどございませんわ」


「そうだな。現実は残酷だ。殿下はおまえを妾とされるかもしれない。その時はどうする? どこかの伯爵家の娘を妻とされるかもしれない。殿下の寵愛を失ったら、戻ることも出来ず、王宮の片隅で一人ぼっちになるのだぞ」


 王宮の片隅で? 一人で?

 確かに寂しいだろう。出来ればカレンかモリーに側にいてもらいたい。刺繍をしたり、気が向けば庭園を散歩したり、本を読んだりするだけの日々。……ここにある本を全て読むのに、どれくらいの時間がかかるだろう? 10年は掛かりそうだ。


「もしも殿下の妾となったら、本でも読んで静かに過ごしますわ」


 甘い、と叱られるかと思ったが、祖父はただ、眩しそうにソフィアを見返すだけだった。

 それが、とても寂しそうな顔に見えて、ソフィアは「お祖父様?」と声を掛ける。


「いや、おまえがそう言うなら、私も異存はないよ。おまえは泣き虫だが強い子だからな。どんなことになっても、きっと大丈夫だ」


 祖父の大きな手が、ソフィアの頭をそっと撫でる。


「今日は疲れた。私はもう帰るよ。また会おう。その時にゆっくり話を聞かせておくれ」


「はい、お祖父様。ごきげんよう、お休みなさい」


 明かりを受け取り、ソフィアは祖父の背中を見送った。


 泣き虫だが強い子、と昔から祖父はそう言ってソフィアを元気付けてくれる。

 何事においても秀でたところのない子供だったソフィアは、オーネリーやプリシアから、いつも笑われ、泣かされてきた。それでも、時折来ては頭を撫でてくれる祖父を頼りに、あの屋敷で生きてきたのだ。

 祖父がいなければ、と考えると背筋が凍る。


 8歳の頃から、ソフィアは屋敷の離れに軟禁されているようなものだった。

 離れにはモリーと年老いた侍従と、その奥さんが一緒に住んでいて、一週間に一度、屋敷である晩餐以外では侯爵夫妻にもオーネリーにも会うことはない。


 16歳になった時から、貴族の義務であるお茶会に参加するように侯爵から言われ、プリシアのお供にあちこち顔を出した。


 そうしていると、ソフィア個人にもお茶会のお誘いが来るようになった。

 侯爵の許可を取り、モリーを連れて、屋敷の侍従長が手配してくれた馬車でお茶会に向かう。手土産のお花やお菓子も侍従長が用意してくれていた。侍従長が、離れに住んでいる年老いた侍従夫婦の息子だと知ったのは、その頃だった。


 が、屋敷で行われるプリシアのお茶会には顔を出さないようにきつく言わていた。プリシアのお茶会ではオーネリーがプリシアのお供をした。接待役の家族であれば、年令が16に達していなくても出席出来るからだ。


 侯爵はまた、ソフィアに、お茶会を開いて同年代の女性と交流を持つように言ってきたので、お茶会を開いてみた。

 何度か開いたが、プリシアがオーネリーを投入して場を混乱させるので、ソフィアのお茶会は全く人気がなかった。ある令嬢など、わざわざ、二度と誘ってくれるなと手紙を寄越したほどだ。

 ソフィアは大いに傷付いたが、ソフィア自体は嫌われていないらしく、招待状は多いのが救いだ。自分でお茶会を開かないため、侯爵から分配される予算はほぼ手土産に回された。侍従長はセンスも良いらしく、ワイズリー侯爵家ソフィア嬢の手土産は非常に好評だ。


 オーネリーが16になってからは、ソフィアがプリシアのお供でお茶会へ呼ばれていくことはなくなった。

 王国内でワイズリー家の継子問題を知らないのは王家の方々ぐらいだろう。家族の管理すら出来ない侯爵、と呼ばれているワイズリー侯爵の心中は分からない。ただ、早くこの問題を片付けるには、ソフィアが結婚でもしてワイズリー家から出ていくのが良いのだが、ここでソフィアの非処女が問題になる。

 良い家には嫁がせられない。

 かと言って、適当な家では、侯爵家の価値が下がってしまう。


 ソフィアは重いため息をつくと、次の本を手に取る。


 この作者の作品は幾つか読んだが、これは読んだことがない。裏を返して最近出版された本だと知る。

 さすが王宮書庫。最新の物が並べられている。

 ぐるりと書棚を回り、物語以外の棚も見て回った。

 歴史、地理、科学、算術、経済学、薬草学や医学書まである。

 ここはこの国の知識の宝物庫だ。

 試しに地理の本を手に取る。この国の地形が詳しく描いてあり、土の性質や生えている植物の種類、危険な動物の活動範囲まで載っていた。

 ソフィアが知っているシシリィ湖の地形を見てみる。湖の場所によっても採れる魚の種類が違うと書いてある。また、本によると、湖の深さも、岸に近いところは浅く、遠いところは深くなっているらしい。

 自分が溺れていたのは、どの辺りだっただろう、とソフィアは湖の全体図とにらめっこし始めた。


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