ソフィアと戦9
太陽が完全に顔を出した頃、ソフィアはスカーレットの温室で、ジーナとクリスから説教を食らっていた。
「ソフィア様は無防備過ぎるのです! よろしいですか? ソフィア様はうら若き女性なのですよ? 今や国内で最も注目されているのです! 軽率な行動は慎んでいただかないと困ります!」
ジーナにしては珍しく、目が、顔が険しくて怖い。いつもなら、静かに言い聞かせるように話す彼女が声を荒げている。
「あれほど、起きたら私を呼んでくださいとお願いしたではありませんか!」
言い訳したかったが、そうすると更にジーナを怒らせてしまいそうで、ソフィアは小さくなって「ごめんなさい」と言うだけに留めている。
ちなみに、スカーレットはスカーレットで、寝巻きにベールだけをつけて外に出たことを、離れの一室でカレンに怒られているらしい。
王太子は騒ぎ(スカーレットの怒鳴り声)を聞き付けてやって来た近衛隊に連れられて戻って行った。
「しかも、こんな薄着で。もうすぐ冬になるんですよ! ソフィア様の体調管理は私達侍女の仕事なのです! 勝手をされては困ります!」
それについては、本当に申し訳なく思っている。
責めに責められて、豆粒になりそうなほど肩身の狭いソフィアの頭に、クリスの大きなため息が降ってきた。
「傾国の美姫などと呼ばれたいのですか? ソフィア様に不名誉な通り名がついてしまっては私がまたウォーレン殿下に殴られてしまいます」
それは困る。大して美しくもないし、貧相な体つきの自分が美姫など呼ばれるのも困るし、クリスが殴られてしまうのはもっと困る。そしてウォーレンが女にたぶらかされた王子などと言われてはソフィアは生きていける気がしない。
「それではソフィア様、朝の呼び鈴を鳴らされるまではバルコニーに出ないとお約束いただけますね?」
にっこりと怖い笑みを浮かべたクリスに言われ、ソフィアは何度も首を上下させる。
クリスは満足そうに頷くと、朝食を持って来るようにジーナに言った。ジーナは大きなため息をついてから、温室を出て行く。
「全く、ワイズリー侯爵が聞いたら真っ青になられることでしょうね」
え、とクリスの顔を見上げる。
「言いつけたりはしませんから、ご安心ください。ただ、侯爵は今、それどころではないようですからね」
「何か、あったの?」
「どうぞ」
クリスは懐から白い封筒を取り出し、ソフィアに手渡す。ワイズリー家の紋章の封蝋がしてある。
ソフィアは手で封を切ると、1枚の便箋が出てきた。
オーネリーの字だ。
挨拶の言葉すらなく、内容が簡潔に書かれていた。
「オーネリー様をお呼びいたしますか?」
クリスの申し出に、ソフィアは首を横に振る。
「あの子も忙しいでしょうから。ただ、手紙の返事は出すことにするわ」
もう一度、文面に目を落とす。
オーネリーは両親が離婚の申請を行っていることと、離婚が成立した後、父が侯爵位を譲って隠居する予定であることを知らせてきていた。
書かれてはいないが、侯爵位を継ぐのはオーネリーであろう。今のワイズリー家に養子を取る余裕はない。台所事情は分かっている。
それにしても、プリシアがすんなり離婚に応じるとは思えなかった。侯爵はどのようにして説得したのだろう。
ソフィアが離家した際に、王家から幾ばくかの金がワイズリー家に支払われているだろうから、それをプリシアに渡して縁を切り、オーネリーと侯爵で家を立て直すつもりだろうか。
プリシアがワイズリー家に与えた損害を考えれば、侯爵は逆に慰謝料を貰っても良いぐらいだが、騒ぎになるのを避けたいと考えると、金を渡して解決したほうが賢いのだろう。
地位とお金が絡むと人は本当に醜くなるものだ。プリシアの顔立ちが年々険しくなっていくのを見ていると、悲しくなる。
オーネリーはプリシアに良く似て、華やかな雰囲気がある。どうか、まっすぐに、そのまま変わらないオーネリーでいて欲しい。
あんなに可愛い妹は他にはいない。
「ソフィア、我も一緒に朝食にしても良いか?」
「もちろんです」
スカーレットが温室の入り口に顔を出す。ソフィアは笑顔で立ち上がった。
「その、今朝はすまなかった。騒ぎにするつもりはなかった」
「はい、存じ上げております。スカーレットの気持ち、とても嬉かったから、気にしないで」
きちんと着替えているスカーレットを見て、ソフィアは思わず笑顔になる。
「よろしかったですね、スカーレット様」
「ああ。その、姉上。そのドレスは」
「え?」
スカーレットが指を指す自分のドレスを見下ろした。
実家から持ってきた、焦げ茶色の簡易なドレスだ。一応、コルセットもつけているし、特に問題はないように思うが。
「姉上が好きな色は明るくて淡い色ではなかったか? どうしてそんな暗い色のドレスを着ているのだ。まさか、侍女達から嫌がらせをされているのか?」
スカーレットが険しい顔でソフィアに詰め寄る。
「違うの、スカーレット。あまり明るい色は、ウォーレン殿下がおられない時は辛くて」
「そうなのか」
スカーレットはソフィアをじっと見て、一つ頷く。
「確かに、姉上は色も白いし、何を着ても似合う。今日のドレスも姉上らしくてとても素敵じゃ」
「ありがとう、スカーレット。スカーレットのそのベールも素敵よ」
「そうであろう! これはミシェルの新作じゃからな!」
すっかり元気を取り戻したスカーレットと、ソフィアは共に朝食を食べると、午前の祈りを捧げるために、祭事の間へ向かった。




