ソフィアと戦1
昼下がり、ソフィアは一人窓辺で本を読んでいた。
結局、今日もソフィアは寝坊した。正確に言うと、起き上がれなかった。ベッドで食事を取ったことなど、風邪をひいた時以来だ。
朝、目が覚めたソフィアを気遣ってウォーレンが手ずから食事を食べさせてくれた。そして食事を取った後、ウォーレンに美味しくいただかれてしまった。
昼過ぎた頃にようやく解放され、湯を使うのにジーナの手を借り、ぐったりしながら夫婦の居室へ入ると、窓辺にマーガレットの花が飾られ、ソファでウォーレンがうたた寝をしていた。
だらしない格好だが、この二日間、ほとんど眠っていないのだから大目に見てもらおう、とソフィアは膝掛けをそっとウォーレンの腹に掛けてやり、自分は窓辺のソファに腰掛けて、微睡みと読書を繰り返した。
「ソフィア?」
「はい」
返事をしてウォーレンを見る。しばらく見つめ合っているうちに、ウォーレンの目が見開かれた。
「ソフィア、初めて王宮に挨拶に来た時、本を読んでいなかったか?」
「え? ええ、王宮の侍女の方だと思うのですけれど、書庫の本を庭の木陰で読んでいただきました」
「その時、俺と会っているな」
「え?」
ウォーレンはつかつかと窓辺にやって来てソフィアの顔を覗き込む。
「俺はあれですっかり本を読まなくなったんだ」
ウォーレンが笑って言った。その目の優しさにどきりとしながら、ソフィアは「どういうことですか?」と尋ねる。
「あの時、約束しただろう? 次に王宮に来た時に続きを読むと。だからお前と再会するまでは物語は読まない、婚約もしない、と誓ったんだ。決意は残っても、案外きっかけは忘れてしまうものだな」
ソフィアは、ふふ、と笑う。
「信じてないな? 本当だぞ? 因みに、あれは侍女ではなく、母上だ」
「え?」
「母上は兄上と俺の結婚相手や側近を選ぶために侍女に化けて同じ年頃の子供と接していたんだ」
ウォーレンは愉快そうに喉の奥で笑う。
何ということだ。失礼はなかったのだろうか。本が欲しいと我が儘を言ったはずだが、それは無礼に当たらなかったのだろうか。
初めて王宮に挨拶に来た時、物珍しいものがいっぱいで、あちこちきょろきょろとするソフィアの手を引いて侍女は歩いてくれた。書庫の本を取ると木陰で本を読み聞かせてくれた。物語に夢中で聞き入っていると、いつの間にか、ソフィアの隣に男の子が座り込んで、同じように物語に耳を傾けていた。誰だろう、と思いながら、物語のほうが気になって、ソフィアは男の子を放って物語を聞いていた。
時間が来て、侍女が本を閉じて立ち上がる。『続きはまた次に貴女が王宮に来た時にしましょう、ソフィア。ウォーレン、それまでその本はお前の本棚に置いておきなさい』
思い出して、ソフィアは息を飲む。
「思い出したか?」
こくこくと頷く。
「申し訳ありません、今まで思い出せず」
「いや、俺も今思い出したからな。おあいこだ」
ウォーレンはソフィアの額にキスをした。そのまま自分の部屋へ入って行く。すぐに戻って来ると1冊の本をソフィアに差し出した。
「今ならソフィアが読み聞かせてくれるだろう?」
「ええ」
ウォーレンはソフィアをソファの端に追いやり、ソフィアの太ももに頭を預けて仰向けに横になる。
「最初から読んでくれ」
「はい」
ソフィアは時折ウォーレンの髪を撫でながら、物語り始めた。
次々と現れる魔物に立ち向かう勇敢な少年の物語。彼の勇気はやがて国王に認められ、多くの仲間を得て魔物の軍団と戦争になった。
裏切りや仲間の死を乗り越えて、少年は青年になり、 一人の女性に恋をした。恋をしたことで戦へ出ることを嫌がるようになる青年に、女性は言った。『私は貴方と共に逃げる覚悟は出来ています。ですが、貴方は私と共に卑怯者と謗られる覚悟はあるのですか?』
まるで悪魔のような脅しだ。ソフィアならこんな女性はお断りだが、物語の中の青年はそれでも戦いに行くことを決めた。
そこで、物語は終わっていた。続きの巻があるのかもしれないが、ここにあるのは、これだけだ。
「ウォーレン様、ここで終わっておりますわ」
「そうか。まあ、悪くない話だな」
ウォーレンは気にならないようだ。
ウォーレンは寝転がったまま、ソフィアの手を取って指先にキスを落とす。
「ソフィア、俺はもうじき発つ。俺がいない間、判断に困ることが起こったらクリスを頼れ。公務について、俺の代理に立つこともあるだろうが、クリスに任せておけば問題ない」
「はい」
「必ず戻る。だから泣くな」
ウォーレンは体を起こすとソフィアを抱き締めた。




